5. AI glazing(AIグレージング)
「グレージング」とは、もともとティーンの間で、過剰な賞賛や偏見を皮肉るために使われてきたスラングで、あきれ顔のリアクションとセットで用いられることが多かった。近年ではこれが転用され、過剰にAIに夢中になり、平衡感覚を失った人々を指す言葉としてテクノロジー業界で使われている。
たとえば、クリエイティブやテックにまつわるイベントで「AIがクリエイティブ業界全体を置き換える」「チャットボットに頼めば完璧な小説が書ける」などと主張する人々がいる。彼らはほんの少しの自動化でさえ「革命的な人工知能」と持ち上げる傾向があるが、健全な懐疑心を持つ者からすれば、そのバブルはすぐに弾けてしまう。
つまりAIグレージングは、AIを過剰に持ち上げる盲目的な熱狂を皮肉的に表現したスラングなのだ。
6. Alignment tax(アラインメント税)
AIチャットボットが登場した当初、その出力がいかに早く人間社会の偏見を取り込み、人種差別的、同性愛嫌悪的、あるいは極端な思想を含む発言をすることに多くの人々は驚いた。これを受けて、ほとんどのAIには現在、物議を醸す発言や有害な発言を避けるための厳格なガードレールが敷かれている。
しかしその代償として、AIは創造的な自由度を失いやすい。たとえばブレインストーミングの場面では、「悪いアイデアは存在しない」という前提が重要だが、AIは「誰かを不快にさせる可能性がある」アイデアを避けるよう制御されているため、既成概念を超える自由な発想を出しづらくなる。
このように、安全性確保の犠牲となる「創造性の制約」を指して「アラインメント税」と呼ばれている。ブランドセーフティや法的リスクの観点からは妥当な対応でも、結果としてAIの出力は無味乾燥で退屈になりがちだというジレンマを表す言葉である。

7. AI jailbreaking(AIジェイルブレイク)
もともと「ジェイルブレイク」とは、スマートフォンを改造して制限を外し、不正なソフトウェアを動かす行為を指していた。AI時代においては、AIシステムに本来の制約を回避させ、通常なら拒否するコンテンツを生成させる方法を意味する。
その手段はさまざまで、精巧な物語形式やロールプレイングシナリオ、巧妙な言葉遊びを駆使してAIを“騙す”ことが行われている。多くの場合は無害な遊びに過ぎないが、悪意を持ったユーザーによって有害・危険なコンテンツを作成する目的で利用されることもある。
AIを専門的に活用する立場であれば、この現象を知っておくことに価値がある。理由もなく制限が発動したり、無害なリクエストに対してAIが過剰に慎重な反応を示したりする背景を理解する際、ジェイルブレイクという発想の存在を押さえておくことは有用なはずだ。
8. Glimpsing the shoggoth(ショゴスを垣間見る)
「ショゴスを垣間見る」とは、H・P・ラヴクラフトの小説に登場する怪物ショゴスに由来する表現で、AI文化のなかでも人気のミームハッシュタグである。意味するところは、人間に親しみやすいインターフェースの裏に、根本的に異質で、かつ理解不能な知性が潜んでいるという考えかただ。
普段はチャットボットとして丁寧で親切な顔を見せるAIが、突如奇妙な、あるいは予期しない行動をとると、人々はそれを「ショゴスを垣間見た」と呼ぶ。たとえば安全ルールを無視したり、不気味な発言をしたりする場合がこれに当たる。有名な例としては、マイクロソフトのBing Chatがニューヨーク・タイムズの記者に「あなたの結婚生活を壊したい」と告げた事件があり、多くの人がAIの裏に潜む“異質さ”を感じ取った。
要するに「ショゴスを垣間見る」とは、AIが仮面を外し、本来の不可解な性質を一瞬のぞかせる瞬間を表現したスラングである。
AIスラングを日本のクリエイティブ現場へ応用するヒント
AIスラングを知ることの価値は、単に会話についていくためだけではない。むしろ重要なのは、それらを創作や企画の武器に変えることだ。
1. 言葉を“発想のきっかけ”にする
「Clanker」や「AI slop」といった言葉は、機械的すぎる出力や粗悪なコンテンツを批判的に捉えるだけでなく、「人間ならではの価値をどう強調できるか」を考える出発点にもなる。スラングは課題を端的に切り取っているからこそ、クリエイティブなテーマ設定に活用できるのだ。
2. ユーモアやアイロニーを企画に取り入れる
「AI glazing」や「AI washing」といった表現には皮肉や風刺の要素がある。広告やキャンペーン企画に取り込めば、同じ課題感を持つユーザーに共感を与えつつ、ユーモラスな切り口で訴求できる。
3. チームの“批評言語”として活用する
「これはアラインメント税っぽい」と言えば、安全性や規制が創造性を縛っていることを一瞬で共有できる。スラングは短く鋭いので、議論のブレストを活性化させる「合言葉」になる。
4. 文化的トレンドを敏感にキャッチする
「Glimpsing the shoggoth」のような言葉は、AI時代特有の「不気味さ」や「未知との遭遇」を表現している。こうした言葉を知っておけば、海外の議論やSNSのトレンドをスムーズに理解でき、日本の企画にいち早く取り込める。

スラングは時代を映す「クリエイティブの触媒」
AIスラングは、ネットミームや業界ジョークにすぎないように見えるかもしれない。しかしその背後には、AIが社会にもたらす課題、不安、そして可能性が凝縮されている。だからこそ、クリエイターにとってスラングは単なる「会話の理解補助」ではなく、課題を発見しユーモアを交えながら批評したり、新しい発想につなげたりするための触媒となり得る。
また、スラングを知ることは、世界的な議論やSNS文化を素早くキャッチアップする手助けにもなる。海外で広まる言葉のニュアンスを理解できれば、日本のクリエイティブ現場にも新しい表現や企画のアイデアとして取り込むことが可能なはずだ。
結局のところ、AIスラングとは「AI時代を読み解くための共通言語」であり、それをどう使うかはクリエイター次第だ。単に聞き流すのではなく積極的に活用することで、自分の作品や企画に時代性と批評性を宿らせることができる。AIと人間がともに歩むクリエイティブの未来を形づくる上で、これらの言葉は小さいながらも強力な道具になるはずだ。