ホテルのオンラインへの引っ越しやテイクアウトを開始するも「やることは同じ」
最所 龍崎さんは2020年4月に、アイディアが生まれ、実装されていくまでの過程をリアルタイムで発信していくnoteの有料マガジン「ホテル経営企画室」をスタートされました。まずは立ち上げの経緯から教えていただけますか?
龍崎 コロナ禍となる前からずっとやりたいと思っていました。私たちの会社ではホテルを作ったり、新しいプロジェクトを始めたりといったことが頻繁にあるのですが、本当にどれもすごくおもしろい。Twitterでは気軽に書けないことも、noteの有料マガジンなら、その背景にある思いなどにも触れながらせきららに書いていけるんじゃないかと思い、スタートしました。
最所 鳥羽さんもnoteを書いていらっしゃいますが、最初に公開したnoteに3,000以上のスキがつくなど、1本目のnoteから大ヒットでした。noteを書こうと思われたきっかけは何だったのですか?
鳥羽 お客さまがお店にいる時間は大体3時間くらいなのですが、noteを書くことで、事前にレストラン「sio」のことを予習をして来店される方もいれば、食べ終わったあとに答えあわせする方もいる。そうすると、お店を訪れる前後の時間まで、sioとして提供できる体験を広げられることができるのではないかと思ったんです。あらかじめ調べてきた方は「ああ、これのことか」となるし、帰った後に記事をみたら「あれはそういう意味だったのか」と気づくこともある。お店に来て、料理を食べて帰るだけでは伝えきれないことがあるからこそ、取扱説明書のようなイメージで、よりsioのことをわかっていただくためのコンテンツとしてnoteを利用しています。
実際に最初のnoteをきっかけに来店してくださった方もめちゃくちゃ多かったですね。noteの中に「『繊細』なスープ」という表現が出てくるのですが、「なるほど、だからなんですね」と言ってくださるお客さまもいました。もしこのnoteがなければ「すごく薄いじゃないか。なんでなんだ」と思う方もいるかもしれないですが、noteがあることで料理を食べたときの伝わりかたも違ってくるんですよね。
最所 この最初のnoteが公開されたのは2019年5月といまのお店の状況とは異なる部分もあるかと思います。お店というリアルの場所がフルで使えないなか、何か工夫されたことはありますか?
鳥羽 コロナ禍によって体験をする場所が変わっていったので、sioのレシピを公開したり、テイクアウトをしながら、レストランに似たような体験価値をどのように作っていくかという点はとても考えていました。
最所 お店の中だと比較的体験をコントロールしやすいですが、たとえばテイクアウトで持ち帰られたあとはアンコントローラブルな部分が多いですよね。
鳥羽 そうなんです。テイクアウトはお店とはまったく異なるひとつのジャンルなんですよね。私たちがコントロールできない状況の中で食べていただくことになるので、いちばん難しい状況を想定して作りました。つまり、冷めた状態で食べてもおいしいものを作るということです。コロナ禍になった最初の1ヵ月ほどは、テイクアウトで提供するために、8時間後に食べてもおいしい料理かどうかの検証をずっと行っていました。そういった意味で、お客さまの生活背景をどう想像するかというのは、とても大切だったのではないかと思っています。
最所 一般的にはホテルも、訪れないと価値が伝わりづらいものと認識されているように思うのですが、HOTEL SHE,のブランドを感じてもらうために取り組んだことはありますか?
龍崎 コロナ禍の前からずっと準備をしていたことではあるのですが、ホテルをオンラインに引っ越しましたと題して、架空のホテルを作りました。ホテルを始めた2016年当時から、ホテルをただ泊まれる場所だとは捉えておらず、「ホテルとはメディアである」と謳っていた。そのため、リアル空間にお客さまが来れなくても、自分たちのアイデンティティは揺るぐことはありません。だからこそ今まで通り、近い距離感の方々と一緒に記事コンテンツを作ったり、楽天roomでHOTEL SHE,のようなお部屋づくりのアドバイスをしたり、オンライン上でできる取り組みを始めました。
最所 sioでも、テイクアウトや「おうちでsio」のハッシュタグをつけ、SNS上でレシピを公開なさるというオンライン上の試みも話題を集めましたよね。
鳥羽 僕らは幸せの分母を増やすという会社としての姿勢があって、そこに紐づいてやるべきことの意思決定をしています。新しい取り組みを始めたのも、ビジネス視点で始まったことではなく、「家で三食ご飯を作るのは大変だよね、じゃあレシピを公開するか」とか、「三食のうち一食くらいはテイクアウトしたいよね」というふうにお客さまに今なにができるかを考えた結果。もちろん、テイクアウトや「おうちでsio」はひとつの大きな変化ではありましたが、料理人としてできることの矛先が少し変わっただけで、やるべきことをやるという点では変わりません。
最所 売上のことを考えて行動するのと、自分たちが提供する価値とは何かを考えたうえでやれることを選ぶのでは結果が違ってくるということですね。
鳥羽 ホテルも飲食もお客さまがいないと成り立たない仕事なのに、自分たちが困っていることが先に浮かんできてしまうと、お客さまが求めているものが見えない状況でコンテンツを作ることになる。でもそれでは、お客さまのニーズとマッチングすることは難しいと思うんですよね。そもそもお客さまにしっかりとベクトルが向いているかどうか。これがなにより大切だと感じています。
最所 リアルの場所が運営できなかった時期に、とくに情報発信で意識していたことなどはありますか?
龍崎 とくにないんですよね(笑)。ただ、コロナ禍となる前からやっていることで、今のお客さまにHOTEL SHE,のことをわかってもらうために大切だと思っているのは、中の人の顔をしっかり見せていくこと。ホテル自体に人格もありますが、その人格は多面体なので、なにを思っているのかなどを個人のアカウントなどでもしっかり発信していく。そのなかで生まれるグルーヴ感が自分たちらしさなのかなという風には感じています。