デザイン思考の限界と哲学的なユーザー課題の登場
飽和した市場で、画期的な商品やサービスでイノベーションを起こしたい。
市場自体を新たに創出するようなイノベーションを起こしたい。
イノベーション信仰と呼応するかたちで、モノづくり起点、技術起点の商品・サービス開発からの決別を図る日本企業において、2010年頃から急速に浸透したデザイン思考。この約10年でクリエイティブ職以外のビジネスパーソンも広義の意味でのデザインを理解し、デザインメソッドを取り入れたプロセスや手法を行うようになっている。
私が所属するクリエイティブカンパニー「ロフトワーク」も、企業にデザインメソッドをインストールする支援を多数行ってきた。また新規事業創出支援、ブランドのリデザイン、ウェブサイトのリニューアルといったさまざまなプロジェクトで、自らもデザイン思考を扱ってきた。
代表的なダブルダイヤモンドと言われるフレームワークを用い、ユーザーへの共感を起点に、問題の発見と定義、解決策の展開と提供を繰り返していく。アイコンはホワイトボードと付箋(コロナ以降は、それがmiroなどのオンラインツールに変わったが)。今や当たり前のプロセスになったデザイン思考に、私たちは盲目的になってはいないだろうか。
改めてデザイン思考の焦点はなにかと考えてみると、それは「ユーザーの課題解決」にあると言える。
ここで連載最初の論点を提示したい。それは、この「ユーザーの課題」そのものについてだ。
世の中の価値観は移り変わる。この時代の規範となる考えかたにパラダイムシフトが起きれば、当然ながらユーザー課題に大きく影響を及ぼす。
コロナ禍を経て予測不可能な未来に直面し、世の中は、人びとは、幸せとはなにか、豊かさとはなにか――。社会的存在としての人間の営みにも目を向けはじめ、自然や資源との協調など、簡単に解決策を見いだせないような超複雑で哲学的な問題に思いを巡らせ始めた。
私の幸せってなんだっけ? 人間社会の幸せってなんだっけ?
デザイン思考の浸透に反比例しイノベーションの影が薄くなってきたのは、このパラダイムシフトが影響しているように思う。イノベーションは自社の売上のためで良いんだっけ?という自戒も見え隠れする。
人間の幸福を巡る哲学的な課題でさえもデザインの対象だと言えなくもないが、これから訪れるのは、過去の成功や幸せの方程式が崩壊し、人間の幸せを問い、再構築を目指す世界。そんななかでは、もっと大胆に既成概念や固定観念から離れた問題提起や、理想の未来像を表現するアプローチが重要になってきているのだ。