CreatorZineをご覧の皆さん、はじめまして。松竹芸能所属のお笑い芸人・カモシダせぶん(@kamo_books)です。僕は普段、デンドロビームというコンビを組んでいてお笑いライブに出たり、時たまTVなどメディアに出たりするのですが、それだけでは悲しいかな生計を立てることが難しいため、本屋さんでも働いています。そのふたつを合わせて「書店員芸人」という肩書でメディアや雑誌などで本を紹介するお仕事もしています。趣味の読書で、ブログを通じた本の紹介を1200冊以上行ってきたので、お笑い芸人の中では本に詳しい方じゃないかと……。
本を読んでいると、時たま「なんだこの本!他と違ってオリジナリティが凄い!」と驚かされることがあります。そもそもの目の付けどころが良かったり、入り口は普通でも切り口がほかとまったく違ったり、そういった本はお笑いのネタづくりで使うクリエイト脳をとても刺激してくれます。
この素晴らしい刺激を僕だけのものにしておくのはもったいない――。この連載ではそんな僕の心を動かした本を、毎回2冊紹介します。
今までにない読書体験をしたい方必見 漢字「暃」をめぐる長編ミステリ『5A73』
記念すべき1冊目は長編ミステリ小説『5A73』(光文社/詠坂雄二 著)です。
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物語は不審死で見つかった複数の遺体に貼られていた漢字「暃」のタトゥーシールを刑事たちが調べるところから始まります。
今しれっと書きましたが、この「暃」って字、どうやって書くかわかりますか? 漢検一級を持っていても、わからない方のほうが多いかもしれません。それは、この字に「読み仮名がない」から。ただ、字そのものは実際に存在します。どういうことなのでしょう。
現在、私たちがPCやスマホで使うことができる文字は、JIS(日本産業規格)が全国から大量の文字を集めて登録し制定しているものです。ところが、どこかで情報収集の不備があり読み仮名がわからなくなった字が「暃」を含め12個発生しました。(ほかには「彁」や「壥」など)これらは「幽霊文字」と呼ばれることになりました。
このような理由で「暃」には読み仮名がないのですが、JISが決めた番号は存在します。それが「5A73」という番号、この小説のタイトルです。
主人公の刑事ふたりは、連続不審死の原因と同時にこの幽霊文字「暃」の正体も探っていきます。まだ日本で誰も解けてない謎に挑戦している小説。これだけでめちゃくちゃワクワクしてしまいます。
作中「暃」には仮定でいろいろなルビが振られます。暃(ゆうれいもじ)、暃(かげ)、暃(にじ)、暃(かおがよくみえないひと)なんてルビも。こんなに同じ小説の中でひとつの字の読み仮名が変わる読書経験はなかなかありません。
以前、僕がテレビ朝日の「アメトーーク!本屋で読書芸人」で紹介したときに、ケンドーコバヤシさんが「おもしろそう!」と声を挙げてくれたときには、玄人にも刺さる設定なんだと嬉しくなりました。
これだけでも十分おもしろいのですが、この小説の真骨頂は、「話の持っていきかた」。何を隠そう著者の詠坂雄二さんは、僕がいちばん好きな小説家。個人的に頭が抜きんでていると感じるその「話のひねりかた」によって、まったく予想していないオチまで連れていかれます。詠坂さんの作品は賛否両論があるものもいくつかありますが、読み手に迎合して少ない「賛」を得るよりも、予想外の展開で賛否両論の大きな渦を巻き起こす創作者のほうが、個人的に僕は好きです。『5A73』だけでなく、詠坂さんの他の小説もぜひチェックしてみてください!