生きのびるための「インプット」—―デザイナーがより効果的にインプットをするために

生きのびるための「インプット」—―デザイナーがより効果的にインプットをするために
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 軽やかに活躍し続け、組織や社会をしなやかに変化させていくために、そしてさらなる高みを目指すために必要な変化とは何でしょうか。本連載では5年目からのデザイナーに向け、その典型的な課題と対応策をコンセントの取締役/サービスデザイナーの大﨑優さんが示していきます。第8回のテーマは「インプット」です。

 「インプット」という言葉には注意が必要です。なぜなら解像度が粗すぎて必要な行動を取りづらいから。

 オンラインの記事に触れる。難解な書物に挑む。展覧会に足を運ぶ――。デザイナーにとってはこれらすべてが「インプット」です。ざっくりと「インプット」という曖昧な概念を思い浮かべるだけでは、時間と苦労を重ねても、必要な吸収が漏れてしまう。ただただ焦るばかりで「インプット」におぼれてしまう。成長に向けた、戦略的で効率的なインプットを実行できないわけです。

 毎日、好きなものだけを食べていては健康になれない。さまざまな栄養素を認識して、バランスよく摂取する習慣がないと健康になれない。これと同じように、さまざまなインプットの種類を認識して、バランスよく情報を取り入れる習慣がないと、長期にわたって活躍し続けることは難しいものです。

インプットは目的に応じて活動を分ける

 情報を効果的に自分のものにするには、やみくもに「インプット」を行うのではなく、インプットが必要な「目的」に応じて活動を分けると良いでしょう。目的は大きく分けて3つあります。

模式図。デザイナーのインプットの目的が3つ並ぶ図。ひとつめは、仕事の成果を挙げる業務遂行。ふたつめはデザインスキルを深める能力深化。3つめはデザインのスキルを変化・拡張する能力探索。その3つを横断する形で、目的意識を分けてバランスを取る、とある。

 インプットが必要な目的のひとつめは、目の前のデザインの成果を挙げるため。プロジェクト内で行われる業務遂行のためのインプットです。デザイン対象となる事業や業界や組織を理解するため、プロジェクトのスピードに応じてとにかく俊敏なインプットが求められます。時間的制約があるなかで、いかに生産的に情報をつかみとれるか、そして成果につなげられるか。もはや、この種のインプット自体がデザインスキルの一部と言えるものでしょう。

 ふたつめは、自分のデザインの仕事を深めるため。能力深化に向けたインプットで、自分のデザインを深く研ぎ澄ますためのものです。今持っているスキルで、さらに高みを目指すための学習。たとえば、世に共感を得る表現方法や、効果を上げる設計方法を知り、自分の感覚を更新するための観察や分析。デザイナーにとっては基礎行動のようなインプットです。

 そして、3つめはデザインの能力探索のためのインプットです。社会に価値を発揮するために、デザインのスキルをどう変化させ拡張させるか。テクノロジーや市場が変わり続けるなかで、自分の技術や知識といった内的な資源を細かく転用しながら、自分のデザインを社会とバランスさせるための勉強です。

 デザインスキルの市場価値は、常に陳腐化の圧力にさらされます。特定のデザイン能力を深化させるだけでは、下手をすると市場価値との乖離を起こしてしまう。そのためスキルを広げ、脱皮を繰り返し、自分自身の市場価値を維持・向上させるためのインプットがデザイナーには必要です。業務遂行や能力深化のインプットだけでなく、能力探索のためのインプットもバランス良く行うことで、自分の能力をマーケットフィットさせ続けることもできるのです。

デザインの能力深化と環境変化の速度が合わない

 インプットを3つの目的に区分してバランスよく進めていくことが必要――。そうわかっていながらも実行しづらいのが、デザイナーにとってのインプットの難しいところです。なぜならば、デザイナーを取り巻く特有の環境が、効果的なインプットを妨げる障壁となっているからです。

 もっとも大きな障壁は、デザインの能力深化のスピードと、テクノロジーや市場などの環境変化のスピードを整合させづらいこと。一朝一夕には身につかないデザインの技能と、ときに急激に変化する環境との間にギャップが生じてしまうものです。

 能力深化のために多くの時間を投下し、腰を据えてインプットをしていても、その間に世の中が変わっていく。だからといって、今の仕事のクオリティを上げるためには、能力深化の手を緩めることはできない。わだかまりを抱える――。そんなある種のジレンマが生じるわけです。

 仮に印刷物のデザインを習熟するとします。組版の基本的な考えかた、タイポグラフィの思想とフォントの知識、用紙・印刷・加工・製本の理解。カラーマネジメント。写真やイラストのディレクション。基礎的なライティングルール。コンテンツの企画から入稿・印刷に至るまでの商流や業務の理解。こういったものは、反復的な活動の中で徐々に感覚として身体化していくものです。職業デザイナーとして、実務の中で一人前レベルにするには2年。いや、3年はかかることでしょう。

 ただ、その3年の間に、仕事のいち部分がテクノロジーに代替される可能性もありますし、スキルの市場価値が下がることだってないわけではありません。デザインの本質的な力は表面的なスキルだけではないとわかっていても、やはり不安は残るものです。

 これは何も印刷物のデザインに限った話ではなく、UIデザインでもUXリサーチでも、どのデザイン領域でも言えることです。さらには、これはデザインにも限らず、専門技能を有するスペシャリスト職全般に当てはまることでもあります。高速な環境変化と低速な能力深化のギャップに思い悩むものなのです。

分業体制がインプットを狭くする

 この状況をさらに難しくするのが、デザイン業務の分業体制です。とりわけ、成果物や制作対象が明確であるものほど、分業による生産性の向上が現れやすく、デザイナーに対する期待も固定化されやすい。リスクも比較的少ない体制で、短期的には利益効率も高いものです。

 分業の環境では、デザイナーの仕事の範囲は限定的なものになり、類似の仕事が毎日のように繰り返されます。そのため、特定範囲の能力深化は比較的速いスピードで進んでいきます。若手のデザイナーであれば、「手応え感」のようなものを早期につくりやすく自信も得やすい。成長の起点として分業の中に身を置くことはメリットもあるでしょう。

 ところが、強固な分業体制にいると越境的な学習、つまりは能力探索のインプットに必然性が生じません。結果的に視野狭窄になりやすく、短期的な業務遂行や能力深化のインプットだけになりがちです。長期的な能力探索がおざなりになってしまう傾向があるでしょう。

 インプットは、それ単体だけで捉えていると上手くいきません。インプットで入力した情報は、外部環境とのインタラクションを通じて自分の知識と組み合わせて身についていくものです。入力した情報を自分なりに言語化して話したり、仕事で試したりして外部化しないと体に定着しないものです。分業がはっきりした職場では、探索的な話題が深まりづらいし、実際の仕事に取り入れる機会も生まれづらい。ゆえにインプットがアンバランスなものになりやすいのです。

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