「横文字の仕事がしたかった」 バンドマンからデザイナーへ
大学時代からバンド活動に打ち込んでいた境さん。就職活動を行ったものの、バンド活動にフルコミットしたいとの思いから内定を辞退し、大学卒業後は音楽の道へ。昼と夜は居酒屋でアルバイト、空いた時間でスタジオに入って練習をしたりライブを行ったりと、音楽活動に取り組んでいた。だが、境さんが28歳のころバンドは解散。それを機に、なにか職に就こうと考えた時に思いついたのが、デザインの仕事であった。そのきっかけはバンドだ。
「最後に所属していたそのバンドで僕の前にいたボーカルが、フライヤーやウェブサイトなどを自分でデザインしていたんですよね。その流れでほかのメンバーに『じゃあやってよ』と言われて、見様見真似でデザインをするようになりました」
だが、そのときの経験が楽しかったからデザインの道に進む決意をしたわけではない。
「就職せずに28歳まで音楽ばかりやってきた自分に一体何ができるだろうと考えていたときに、そういった背景もあって、頑張って勉強すれば身に付けられるかなと思ったのがデザインだったんです。好きとか興味があるというより、これならできるかもしれない、という可能性で選びました。あとは、横文字の仕事がしたかった(笑)。かなりミーハーな動機なんですけどね」
そう決意してから境さんは、IllustratorやPhotoshop、ウェブデザインなどの本を購入。実際に操作しながらそれらの書籍を読み進めていき、そこに記されていた操作の仕方や機能をひとつずつ実践。「これは役に立ちそう」と感じたノウハウや使いかたには付箋を貼り復習する、といったことを地道に繰り返し、基本を学んでいった。そのあとは、知り合いのギター教室のフライヤーや、後輩から頼まれたロゴの制作など、少しずつ実績を積み重ねていったのだという。
そうやって勉強と実践を繰り返すことおよそ2年。境さんはデザイナーとして健康食品の会社に就職する。「デザイン学校とか通えばもう少し早く仕事に就けていたかなとも思うのですが、意地をはってしまっていたんですよね」と振り返る。社会人デビューしたのは、30歳のことであった。
ECサイトなどでも健康食品を販売していたその企業で、バナーやHTMLメルマガの作成を担当。そこでバナーのコンバージョンをアップさせた実績や数字などの根拠をもとに転職活動を行い、自社メディアを運営している会社に転職した。その企業にはデザイナーが所属していなかったこともあり、ウェブサイトのデザインからコーディング、スマホサイトの制作といったウェブの技術を中心に磨いていった。
「本当に知らないことだらけでした。コーディングも勉強はしていましたが独学だったので、エンジニアに見せると厳しい意見をもらうこともありましたね。ですがそこで密にレビューをしてもらったことで、今までやったことがなかったスマホサイトもなんとか作りあげることができました」
それから境さんは、その企業の親会社へとうつった。インターネット広告を生業としていたその企業では、iOSアプリの企画やデザイン、アドネットワークの管理画面制作、そして15秒や30秒ほどの動画広告制作なども行った。動画制作も今まで経験があったわけではない。でも境さんはまず、やってみるのだ。
経験したことがない案件がきたら? 境さんのシンプルな向き合いかた
and facotryへ入社したのは2017年。成長真っ只中であることや、会社のもつ雰囲気に惹かれ、デザイナーとしてジョインすることを決めた。
境さんが入社以降担当しているのは、IoT体験型宿泊施設「&AND HOSTEL」。ブランドマネージャーと話し合いを重ねながら、パンフレットやウェブサイト、ロゴ、アプリの制作、宣伝動画のディレクション、ホステルの内装に至るまで、“&AND HOSTEL”というブランドにまつわるあらゆるクリエイティブに携わっている。その結果、入社当時は「デザイナー」だったはずの肩書も変わっていった。
「いままで経験してきたことを、短期間で、かつクオリティも担保しながら取り組んでいったら、いつの間にか肩書がブランドデザイナーになっていました」
ブランドデザイナーとして、境さんはロゴのデザインも行った。今回取材を行った&AND HOSTEL 蔵前ウエストは、御徒町と蔵前の間に位置する。とくに御徒町は世界的にも有名な宝飾の街としても知られている。この特徴が、今回のロゴ制作では起点となった。実際にどんなロゴなのか。右側のロゴに注目してほしい。
ロゴの中心にある白い逆五角形は、宝石がモチーフになっており、その上には角度を変えたK(KURAMAEの頭文字)がいくつか重ねて配置されている。黒い丸の上にある白い輪は、宝石のリングや人の腕に見立てられており、それには「思い出を腕で抱える」という意味が込められている。その土地らしさや&AND HOSTELでの体験が大切なものになってほしいという思いからだ。
「どんな場所であっても、その土地ならではの歴史は絶対にあるので、ローカル性を押し出していきたいと思いました。その土地で&AND HOSTELを営むからには、文化とつながっているイメージも持ってもらいたい。そういったその土地ならではの歴史や特性と僕らの思いを組み合わせて作りました」