観る人も作品の一部 鑑賞者の視点から見える、アートとチームコミュニケーションの関係

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2020/11/02 08:00

 本連載のテーマは「ビジネス×アート」。コンサルティング会社に勤務するかたわら、アートの作品制作に関するワークショップへの参加、イベント運営などを積極的に行う奥田さんとともに、アートとの関わりを探ります。第5回では、作品の鑑賞者の視点から、作品との関わりかたとコミュニケーションについて考えていきます。

 これまで、作品を制作するアーティストやキュレーター・ギャラリストの観点で、ビジネスとアートについて考えてきた。第5回となる今回は、作品の鑑賞者の視点から、作品との関わりかた、コミュニケーションについて考えたい。

第3、第4の選択肢をアートから創造する

 効率をあげるため、仕事は論理的思考を軸に、会社やチーム、組織が動きながら進んでいく。多くのビジネスパーソンが苦しんでいるポイントは、一見矛盾している理不尽な状況においても、働いて結果を出さないといけないという点ではないだろうか。短納期で仕事を仕上げること求められるのと同時に、ミスのないクオリティの高い成果物が要求される、といったケースがそれにあたるだろう。もちろん、これらを同時に達成することは理想ではあるが、これはアクセルとブレーキを両方同時に踏むような行為でもあり、実現させるには一苦労である。

 今年の7月から段階的にスタートしたGo Toトラベル事業。このコロナ禍で、人の移動を促す施策をすることに批判の声も当然ながらある。経済か人命かという二項対立の議論が続いてきたが、最終的には両方大切という、ある意味では曖昧な状況で話が進んでいるように思う。

 そんななかで重要なのは、この曖昧さをどのようにとらえるかである。むしろ、すべての事象において白黒がはっきりするのはむしろ不自然なのかもしれないが、論理を正とするビジネスなどの場面では、この不明瞭な状況はなかなか受け入れられ難い。コンサルティングの世界などでは思考停止とみなされてしまうだろう。だが、これは考えることを放棄する意味あいではなく、二項対立のフレームワークにとらわれず、第3、第4の道を考えるという難しい選択へ向かう第一歩なのだ。

 そしてその世界へと誘うヒントが、アート作品にあると私は思う。アート作品のテーマに注目してみてほしい。矛盾や一見成立しない構成などが、緻密に計算されたうえで世界観が構成されている。

 たとえば、サルバドール・ダリに代表される「シュルレアリスム」。現実を超える現実と言われるその世界観には、無意識の表面化、無意識と理性の一致を目指した作品が多い。高度な描画技術で、矛盾したオブジェクトや風景を描写する作品の数々は、新しい価値を生み、社会に影響を与えた。

 ビジネスパーソンも、職場で価値のある仕事をするには、これまでのフレームワークにとどまらず、第3、第4の選択肢を自ら創り出していかなければいけない。それは、矛盾や曖昧となっている状況を成立させる世界観を描く力が必要である。

インスタレーションからみる鑑賞者の立ち位置

 作品を制作するアーティストは偉大である一方、忘れてはいけないのは作品を観る鑑賞者。せっかく制作したのなら、その作品をできるだけ多くの人に見てもらいたいと思うのがアーティスト心である。

 多くの展覧会やアートフェアが開催される中で、その展示方法は日々進化している。なかでも人気を集めているのが、インスタレーションと呼ばれる参加型のアートだ。

 アートは観るだけでなく、実際に制作する過程で学びが多いことを第1回で述べたが、とはいってもアートを制作するのはハードルが高い。そのため、気軽に参加できるインスタレーションは、アートに触れるための良い機会であると言えるのだ。

 そもそもアーティストは鑑賞者が参加することを前提に、計算された作品を生み出す。たとえば、私が訪れた2016年のアブダビ・アートでは、大量のバナナをスペース全体に敷き詰めたインスターレーションがあった。来場者は触れるだけでなく、実際に食べることも可能であった。腐りやすいバナナというオブジェクトは、3日間という会期の時間で、果物からゴミへと変化していく――。

 これまで中東では、このような作品表現があまり行われていなかったので、バナナを食べるという簡単なアクションが、参加者の敷居を下げていた。実際に作品に触れた鑑賞者は時間の長さを視覚的かつ、触覚的に感じることができると同時に、彼らの反応や表情もまた作品の一部なのである。

Abu Dhabi Art 2016 Gu Dexin『Gateway』(著者撮影)
Abu Dhabi Art 2016 Gu Dexin『Gateway』(著者撮影)

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