[新連載]アートを学んだことでコンサルスキルが伸びた理由――ビジネスとアートの接点とは

[新連載]アートを学んだことでコンサルスキルが伸びた理由――ビジネスとアートの接点とは
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2020/07/06 09:40

 本連載のテーマは「ビジネス×アート」。コンサルティング会社に勤務するかたわら、アートに関するワークショップへの参加、イベント運営などを積極的に行う奥田さんとともに、アートとの関わりを探ります。初回となる今回のテーマは、「実体験をもとにしたビジネスとアートの接点について」がテーマです。

 ここ数年、メディアや書籍などでビジネス×アートというテーマが多く取りあげられている。これまでビジネスで進めてきた効率化や合理化の限界が近く、新しいイノベーションのきっかけとして期待されている。実際、アートはこれまでの既存の価値観を破壊し、新しい時代を創ってきた。

 美術館で名画を鑑賞することで日々教養力を磨き、デザインシンキングのようなこれまでの論理思考とは違ったアプローチにも取り込んでいるビジネスパーソンもいる一方、多くのビジネスパーソンにとって、中学・高校の美術の授業以降はアートに触れる機会はほとんどないように思う。美術系の学校を卒業したクリエイターにとって、アートとビジネスの関係をイメージすることは難しいことではないかもしれないが、そういった人たちもひと握りに過ぎないだろう。

 いまが共感の時代であり、だからこそストーリーが大切であるということを理解しているビジネスパーソンであっても、アートをどのようにビジネスを活かすのかという点については、どこか腹落ちしていない人もいるのではないだろうか。つまり、クロード・モネが描いた『睡蓮』を鑑賞することが、どう目の前の仕事をより良いのものにしてくれるのか、それらを言語化できていないと思うのだ。

 私自身はアートが好きであり、美術館やギャラリーに頻繁に足を運んでいる。よりアートに触れたくて、新卒で入社したコンサルティング会社を辞め、アートフェアの業界に飛び込んだ。ニューヨーク・ロンドン・パリ・香港など、世界トップレベルのアートフェアやギャラリーを訪れ、多くの作品やアーティストに触れた。それはとても楽しい時間であった。

 私のバックグラウンドはビジネスやロジカルな部分にあるからこそ、このような新しい価値を生み出し続ける人たちとビジネスをつなげたい――。そう思い、再度コンサルティングの仕事に戻った。

 アーティストやクリエイターがどのようにビジネスと接点を持つべきか、日々の仕事のなかで考えていたが、論理的な根拠が求められる環境下で、感性・直観のイメージが強いアートを活かす方をなかなか見つけることができなかった。アーティストはアーティスト、ビジネスパーソンはビジネスパーソンとそれぞれの役割はあるからこそ、ビジネスパーソンの目の前の仕事をアートと結びつけることは難しいのではないか、と思うようになっていった。

Affordable Art Fair London 2016※撮影者確認※

Affordable Art Fair London 2016(撮影:著者)

きっかけは1枚のデッサン

 そんなことを考えていたとき、アーツプロジェクトスクール(以下、APS)という文化庁主催の文化事業育成リーダープログラムに出会った。2018年9月から2019年2月末まで約半年間のプログラムで、第一線で活躍する講師陣の座学・ワークショップ・スクール生によるプロジェクト実践で構成されている。中村政人プロデューサー(東京藝術大学教授)がAPSにおける最初の授業で語った言葉を、いまでも覚えている。

「アーティストと一般人の大きな違いはなにか。それは観察力。アーティストは観察を通して、ほかの人は気づかないことを気づく力を持っている」

 当然ながら、最初の授業ですべてが腹落ちしたわけではない。なるほどとは思ったが、「気づく力」とはなにか、具体的に理解することはできていなかった。

 APSでもっとも印象的だったのは、デッサンのワークショップだ。ペアになって絵を描き、それを通して会話をする、擬音語が描かれたカードを引いてそれを表現するなど、絵を描く行為そのものがとても楽しいと思う時間でもあった。

 だが一方で恥ずかしさもあった。アート業界で働いていたときには、アートフェアやイベントの企画に携わっていたが、実際に作品を作る、絵を描くということは中学生の美術以来だった。APSでは当然、私のようなビジネスパーソンもいるが、芸大生・グラッフィックデザイナー・建築家など、日頃からビジュアル制作に触れているメンバーが大半。正直、画力のレベルが違いすぎるのだ。自分が描いた絵を人前に見せたら、どのように思われるのだろうか。そんなネガティヴな考えが先行していた。多くの人が、自分にはアートはわからない、絵心がないと謙遜するのは、この自己開示のハードルの高さが理由だと私は思っている。

 そのため、実際に作品を制作するというのはとても貴重な経験だった。上手く描けるか否か、という話ではない。描く行為とその思考のプロセスが、自分にとってのパラダイムシフトであった。

 たとえば、ワークショップのお題のひとつに『水を注いだ白い皿』というものがあった。言葉だけみると、普段私たちが何気なく目にしているものに過ぎないように思えるが、1枚のキャンバスにそのオブジェクトを描こうとしたとき、その難易度は想像を超える。

 まず、透明な水に色がないという事実。文字どおり透けているので、皿の底が見えている状態になるのだ。そのため、白い皿でもデッサンに落とす時は、水がある箇所とない箇所で、白色を描きわけなくていけない。

 さらに、その水を観察すると白い皿以外のものが映っている。それは、天井からの光が反射している。またその光によって、皿の付近に影ができている。光の角度と影の大きさと濃淡、これらは普段の生活ではほとんど意識していないが、現実の一要素として存在はしている。アーティストは観察を通して、一般的には気づいていないことを気づき、作品にしているのだ。デッサンは、アーティストとしての観察力を磨くための基礎だと言えるだろう。

 このようなことは、美大出身のアーティストやクリエイターにとっては釈迦に説法の当たり前のことかもしれない。だがこの基礎力がいま、ビジネスの世界でもっとも求められているスキルのひとつなのだと思う。

APSのワークショップで中学生以来に描いたデッサン
APSのワークショップで中学生以来に描いたデッサン

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