こんにちは。tacto株式会社のCo-Founder/Creative Directorの板倉です。
前回の記事では、機能と情緒の融合が生む、選ばれ続けるデザインについてお届けしました。
前回の振り返り
- 機能と情緒は相対関係にあらず、相関関係にある
- 機能と情緒は目的別でバランス(量・時間軸)をコントロールすることでデザインに価値が生まれる
- 人が「使い続ける」とはなにかを問い、理解し、追求する必要がある
- 「使い続けてもらう」体験に変えるためには、「当たり前に使えること=機能」と、「感性をくすぐる瞬間=情緒」の両立が重要
今回は、私たちtactoが手がけた事例を通じて、機能的価値と情緒的価値がどのように具現化されているのかを紐解いていきます。まずは、100年の歴史を持つ酒造機器商社とともに取り組んだ「AQUETHA(アクイータ)」のプロジェクトを紹介します。
酒蔵に眠る秘宝に、新たな輝きを

老舗の酒造機器商社が全国の酒蔵との深い信頼関係のなかで見えてきたのは「日本中の酒蔵に眠る遊休資産としての熟成酒がある」という課題。熟成酒は、日本酒市場においてマイナーな位置づけにとどまっており、その価値が十分に認識されていない状況でした。
このプロジェクトでは、新規事業および看板商品の立ち上げをブランディングとコミュニケーションの両面からサポート。蔵元が大切に保管してきた希少な熟成酒を、従来の日本酒の文脈を超えて、「アート作品」として再定義し、新しい価値を提案することに挑戦しました。
熟成酒がアート作品として生まれ変わる

酒蔵で眠っていた熟成酒は、完璧な状態で保管され時を重ねることで、新しい顔つき・作品に生まれ変わっていました。それに端を発し生まれたのが、熟成酒を「芸術作品」として捉え直すというアプローチ。希少な熟成酒をアート作品として展示・販売するオンラインギャラリー「北村酒展」を構想し、その第1弾作品として、氷温熟成の特徴を持つ「AQUETHA(アクイータ)」の展開を企画・開発しました。

北村酒展のロゴデザインでは、「繋ぐ」「次へ送る」「ひと続き」であることを示す記号「ハイフン」をビジュアルアセットとして取り入れることで、時間の流れと繋がりを表現しました。AQUETHAのロゴは、時代の変革期を象徴するトランジショナルローマン書体「Baskerville」をベースに、よりたおやかな印象を付加。さらにUとTの文字を融かすことで、水(AQUA)とエタノール(ETHANOL)の調和という商品特性も表現しています。

ガラス作家・貴島雄太朗氏による手作りのボトルは、重力によって形成される自然な丸みを持ち、それぞれが唯一無二の形状を誇ります。氷温熟成による清澄な印象を引き立てるため、活版印刷による空押しで透明感のあるラベルを制作。外箱はフラスコ型のボトルがより魅力的に見えるようにシンプルな形状へ。そして、蓋と本体の境界に凹みを作り熟成のタイムラインを表現するなど、作品の持つ繊細なイメージを取り入れた高級感を演出しています。

ウェブサイトは、単なる商品の「売り込み」ではなく作品を「感じ取れる」ギャラリー空間として設計しました。白を基調とした余白のある構成と華奢なラインによって、AQUETHAの最大の特徴である時間の流れと繊細さを表現。洗練された空間で、熟成酒という作品の魅力を十分に伝える場を実現しています。
「遊休資産」から「至高の一本」へ
このプロジェクトでは、機能的価値と情緒的価値の両面から、熟成酒の新しい可能性を探求していきました。
機能的価値としては、蔵元による丁寧な保管管理や氷温熟成による独自の味わいに加え、ボトルデザインにも実用性を追求。重力で形づくられた丸みは、瓶詰め後の酒の循環をよりスムーズにする機能を持ち合わせています。
情緒的価値の面では、蔵元が大切に育んできた熟成酒という「希少性」、時を重ねることで生まれる唯一無二の「物語性」を大切にしました。デザインの細部にも「時」という要素を織り込み、外箱は蓋と本体の境界に設けた凹みによって熟成のタイムラインを視覚化。さらに、ガラス作家による手づくりのボトルは、重力がゆっくりと生み出す自然な曲線美と相まって、作品としての温かみと繊細さを表現しています。
これらの価値は互いに響き合い補完し合うことで、熟成酒という既存の商品カテゴリーに新しい価値軸を見出すことができました。酒蔵に眠る希少な熟成酒を、アート作品として世に送り出す。この試みは、日本酒の新しい愉しみかたの可能性を提案するとともに、デザインができることの広がりを感じさせてくれるものとなりました。