こんにちは。tacto株式会社のCo-Founder / Creative Directorの板倉です。前回の記事では、ストーリーで紡ぐ、機能的価値と情緒的価値というふたつの価値についてお届けしました。
前回の振り返り
- デザインをするうえで、体験やストーリーを通じてユーザーに何かしらの「価値」を感じてもらうことが重要。その「価値」を理解することこそが、デザインを理解することにつながる。
- 機能的価値とは、商品やサービスが実際にどれだけ役立つか、使いやすいかという、実用的な面にもとづく価値。
- 情緒的価値とは、その商品やサービスを使ったときに「気分が良くなる」「特別な感じがする」という、感情に関わる価値。
- 機能的価値はユーザーの「理性を揺さぶる」、情緒的価値はユーザーの「感性を揺さぶる」ことで生まれる。
- 機能的価値と情緒的価値は相対関係にあらず、相関関係にある。我々が日常的に目にするデザインはこのふたつのバランスで構成され、目的に応じてバランス(量・時間軸)をコントロールすることでデザインに価値が生まれる。
今回は、機能的価値と情緒的価値のデザイン方法について、事例をもとにお届けしていきます。
事例で紐とく機能的価値・情緒的価値「iPhoneパッケージ」
多くの方が一度はご覧になったことのある「iPhoneのパッケージ」は、機能と情緒を見事に融合させたデザインと言えます。本体、付属品、説明書が美しく整然と収められた頑丈な構造は、パッケージとしての機能的価値を十二分に果たしています。それだけではなく、さまざまなデザインの手法が取り入れられています。
このパッケージは「貼箱」と呼ばれ、上下ふたつの箱が重なり合う深蓋タイプを採用しています。精密に計算された上下の完璧なサイズ感により、開封時に絶妙な空気抵抗が生まれ、開ける時の心地よい重量感とともに期待感が高まります。あのワクワク感は、パッケージが作り出していると言っても過言ではありません。
さらに、「Vカット構造」という特殊な加工技術により、生地または貼り紙にV字の溝を掘ることで、組み立てたときに箱の角部にシャープエッジを作りだします。これらの繊細な仕上げが、高級感と美しさを生み出しています。
このパッケージにはまだまだいくつも語りたい魅力はあるのですが、Appleがパッケージにここまでこだわる理由は明確です。それは、単なる製品の容器ではなく、パッケージを「ブランド体験の重要な一部」だと考えているから。ユーザーが新製品との最初の出会いとなる開封の瞬間を特別な体験として演出することで、ブランドの価値を強化しているのです。
実際、SNS上には新しく購入したiPhoneを箱から取り出す様子を撮影した動画が数多くアップされています。「開封の儀」、つまりiPhoneを箱から取り出すことがひとつの儀式だと認識されており、製品だけではなくパッケージを通して、顧客への価値提供をしている素晴らしい例と言えます。
このように、iPhoneのパッケージは箱としての機能的価値だけではなく、パッケージ自体の美しさや開封時の心踊らされる情緒的な価値を生み出しています。そして、それを包括する「開封」というUX視点での価値が与えられていることにより、Appleのブランドを象徴するひとつのアイコンになっているのです。
事例で紐とく機能的価値・情緒的価値「サグラダ・ファミリア」
スペイン・バルセロナにそびえ立つアントニオ・ガウディの有名な大聖堂、サグラダ・ファミリア。着工から100年以上が経過しても今なお建設途中という珍しい世界遺産ですが、現地の方々だけではなく世界中のツーリストを魅了し続けています。
その魅力は、まず圧倒的な視覚体験にあります。「生誕のファサード」「受難のファサード」「生命の木」といったストーリー性が豊かな外観は、見る者を深い物語の世界へと誘います。繊細なステンドグラスと天井装飾が作り出す鮮やかな色彩と自然光。そして、教会全体を温かく包みこむ内観。外観と内観で異なる体験を提供し、訪れる人の記憶に鮮やかな印象を刻む、世界有数の建築物です。
しかし、このマスターピースの真の美しさは、革新的な構造設計にあることをご存知でしょうか。
「美しい形は構造的に安定している。構造は自然から学ばなければならない」というガウディの言葉どおり、自然から構造を学びサグラダ・ファミリアの構造を作りあげたそうです。
一見すると異彩を放つ曲線と曲面による外観。内部に入ると、支柱構造を支える柱を垂直ではなく傾斜に建てることで数を少なくし、広大な空間を生み出しています。ガウディはこれらの柱の形や傾きを、紐に重りを下げてできる曲線を逆さ吊り模型(フニクラ)を使用して設計したそうです。網状の糸に重りを数個取り付け、その網の描く形態を上下反転したものが、垂直加重に対する自然で丈夫な構造形態だとガウディは考えました。そこで10年の歳月をかけて実験を行い、自然が作り出す完璧な構造を導き出したのです。
完全なる強度を持った機能的価値と、人々を魅了し続ける見た目という情緒的価値を両立した、世界最高の建築物だと言えるでしょう。