ツールの変化から見える、プラットフォームとともに進化を続けるクリエイティブテクノロジーの現状とは

ツールの変化から見える、プラットフォームとともに進化を続けるクリエイティブテクノロジーの現状とは
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2022/01/11 07:30

 コロナ禍でいっそうデジタル化が進んだ今、クリエイターに求められることとは。必要となるスキルはなにか――。本連載では、データやマーケティングをキーワードに、クリエイターを取り巻く環境や今後の変化について考えていきます。執筆を担当するのは、アドビの阿部成行さん。第3回のテーマは「クリエイティブテクノロジー」です。

クリエイティブツールに忍びよる異変

 テクノロジーの世界では、スタートアップが先進的なユーザーの支持を集める場面がそこかしこで見られます。クリエイティブツールの分野も例外ではありません。今のアドビは大きく成長しましたが、新興勢力のアイディアの正しさが証明されるのを待つつもりはありません。市場リーダーとしての自負をもち、常に近い将来を見据えたビジョンと、その内容を踏まえた製品アップデートをクリエイターの皆さんに提供しています。

 直近でいうと、昨年10月にクリエイターの祭典「Adobe MAX 2021」が開催され、例年通り新製品や新機能の発表が相次ぎました。振り返ってみれば、数ある発表の中でもっとも異彩を放つ存在がPhotoshop WebとIllustrator Webだったと思います。ウェブブラウザーでダウンロードせずに使えるこれらの製品。読者の皆さんは「そのどこが異質なのか」と思うかもしれません。

 ですが、30年以上このふたつの製品のかたわらで過ごしてきた私にとって、今回の発表はこれまでを刷新する瞬間のように感じました。「ファミコンのディスクシステムで『ゼルダの伝説』を悶々と攻略していたら、突然ネットにつながれたオープンワールドへパラシュートとともに放り込まれた感覚」と言えば、わかってもらえるでしょうか。これまで愛着をもって使い込んできた「自分」の道具が、巨大なシステムに組み込まれて「公共物」になってしまった感覚なのです。

Photoshop web版(ベータ版)の画面
Photoshop web版(ベータ版)の画面

 イベントに先立ち、ある海外メディアの取材を受けたアドビのスコット・ベルスキー(Creative Cloud担当エグゼクティブバイスプレジデント兼 最高製品責任者)は、「PhotoshopのPSDファイルをクラウド化することは、『パンドラの箱』のような可能性を秘めている」と語りました。「パンドラの箱」、それは希望が詰まった箱という意味で使われていますが、この言葉にはもっと深淵な意味が隠されているに違いないと、イベントの発表に心をおどらせた私は直感したのです。

Photoshopがクラウドに解き放たれる意味

 クラウドには多くの優れた特徴がありますが、そのひとつに異なるシステムやサービスとつながって新しい価値を創出できることが挙げられます。PhotoshopやIllustratorのクラウド化も、その先の接続を念頭においたステップだとすると、何との接続がどんな変化をもたらすのでしょうか。

 まず、人やデバイスとの接続で、クリエイティブに関わるいろいろな人たちが思いおもいのデバイスで巨大なカンバスにつながり、共同で編集作業を進めることができるようになります。もうひとつ、スコットの言葉を引用しましょう

「最近では、ひとりで仕事をしている人が不利になっていると感じている。ほかのクリエイターとアセットを共有し、摩擦のないコラボレーションの実践でクリエイティビティはこれまで以上に高められる」

 これからは「共創」がクリエイターの仕事のスタンダードになりそうです。 

 次に、クラウド上で稼働する巨大なAIとの接続です。AIとつながることで、これまで以上にクリエイティブ作業の省力化が進むでしょう。これはデータとのつながりも意味します。たとえば、グローバルで好まれる色、よく使われる書体を分析し、編集中の作品でもっとも効果的なものをレコメンドしてくれたら便利ではないでしょうか。制作の妨げになる懸念はありますが、技術的には、ウェブバナーの制作時にどの程度クリックされるかを予測し、リアルタイムに表示することもできそうです。

 そうなると、周辺システムとの連携も進むでしょう。マーケティングシステムと連携すれば、100万人に送るメールでも、1人ひとりに異なる画像を載せたメールを自動生成して配信が可能です。クリック率が思わしくなければ、分析データを参照し、背景、タイトル、モデルのポージングという細かな単位で画像を見直し、より好まれる画像に差し替え、再配信を行う。アセットレベルでのPDCAサイクルの自動化も加速されることになるはずです。

 このように、今後はクリエイティブを行う環境と顧客接点の距離がますます近づき、パーソナライズされた体験がリアルタイムに提供される。その意味で、クリエイティブにデータとAIが組み合わされた「コンテンツインテリジェンス」という領域に注目しています。

 さらに最新のテクノロジー動向に目を向けると、ブロックチェーンとの接続があります。このインパクトは、自分の作品をNFT(非代替トークン)で直接マネタイズする用途に留まりません。作品と作者を紐付け、デジタルコンテンツの真正性の担保や追跡可能性の向上までもが期待できます。もし誰かが地球の裏側で、リミックスやバリエーション展開などの二次創作に自分の作品を用いたとしても、作者は自分の著作物であることを主張でき、正当な報酬が自動的に請求される。そんな仕組みができれば、クリエイターの働きかたも変化するのではないでしょうか。

 そう考えると、PhotoshopやIllustratorのWeb版は、単なるツールのクラウド化という機能拡張を超え、クリエイティビティという価値をスケールさせ、クリエイターの意識にも影響を与える大きな変化につながるとわかります。今後、接続される技術やサービスによっては、クリエイティブの価値が青天井で高まる可能性があることを踏まえると、「パンドラの箱」という表現もあながち誇張ではないと思えてきます。

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