満たされた情報と割愛された情報から、“上手い”イラストとは何かを考える

満たされた情報と割愛された情報から、“上手い”イラストとは何かを考える
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 イラスト、デザイン、コンサルティングの3つを柱として活動するユニット「rala design」。代表兼デザイナーをつとめる青木孝親さんが、長年イラストレーターとともに二人三脚でプロダクトづくりをしていくなかで見えた、イラストとの付き合いかた、イラストの楽しさなどについてお伝えします。最終回となる第7回は「上手いイラスト」がテーマです。

 「今日のお昼は、月見うどんか、わかめうどんでもささっと食べて次の仕事に向かおうか」なんて考えながらうどん屋に入ったら、スパイシーなカレーのいい匂いに誘われて、ついカレーうどんを注文してしまった――。

 そんな経験がある方もいるのではないでしょうか。人は五感から入ってくる情報のうち、7~8割が視覚によるものだなんて話を聞いたりしますが、スパイスの香りが人の決断を変化させるだけの力を持っているのですから、嗅覚もバカにできません。むしろ、まだ見ぬカレーうどんを頭の中で想像させるわけですから、嗅覚が視覚をコントロールした、と考えられるかもしれませんね。

 こういった経験から推測するに、人は足し算のように入力される情報が多ければ多いほど意思決定力が高まる、というわけではなさそうです。今回のコラムでは、満たされた情報・割愛されている情報という視点から、イラストをとらえてみたいと思います。

写真作品からみる「情報集約」の法則性

 イラストの視覚的な情報量について思いを巡らせるときに私は、学生時代に友人と興奮しながら議論したことを思い出します。グラフィックデザインに没頭する人、イラストを描くことに魅せられている人、写真に傾倒する人。クリエイションの方向性はバラバラですが、雑談するなかで作品中の情報の疎密について会話が盛り上がることがありました。人の心を惹きつけるうえで、密な情報を使いこなしたり、疎の空間にポツンと情報を置いたりして象徴的な雰囲気をまとわせたり……。そういった疎密のバランスをどのように活かして表現をしていくのか、ということが話題の大筋です。

 たとえば写真作品として、街なかの日常的な景色を切り取ったとしましょう。現像してプリントしたものには、印画紙の四角い枠の中に商店、電柱、道路、街路樹、野良猫、ビルの隙間から見える空など多くの情報が写り込んでいます。それを作風として複数の写真を並べていくと、2枚の写真になれば情報量も2倍、3枚になれば3倍になるかと言われれば「そうでもない」という会話になりました。私はその瞬間、1+1=3にも5にも10にもなるという話を想像しましたが、予想は外れました。そのとき私の友人は「写真が複数枚組み合されていくとフォトグラファーの意図が感じられるようになってきて、作品を見る人は情報を取捨選択するので、むしろ情報は集約される」と言うのです。

情報が絞られることの意義

 想像しやすくたとえるならば、1枚目の写真に「真っ赤なペンキで郵便ポストを補修する職人」が写っており、2枚目の写真には「鼻血を垂らして泣きじゃくる少年」、3枚目には「道端で踏みつぶされたケチャップの小袋」という組写真があった場合に、赤い対象物の様態に注目が集まり、その周りの要素はすーっと存在感が淡くなるといったイメージでしょうか。

 郵便ポストの周りには道路や歩道、ビル、標識などが写っていたとしてもあまり注目されなくなり、撮影状況としての情報は存在しますが、作品を見る人には重要な情報として選択されずに息をひそめます。無意識的にそうすることで、組写真に共通する意図が見つけやすくなるようにしているのだ、という考えです。私はその話を聞いて、人が持っている「流入する情報を一部無視することで意識を偏重させる能力」に興味を持ちました。同時に瞬発的な発想ではありますが、その逆のことも言えるのかもしれないと感じました。人は「減らされた情報や物足りない情報に対して、無意識的に余白部分を埋めようとするのではないか」と思ったのです。

 身近なところですぐに思い浮かんだのは俳句です。5・7・5の17音で状況を説明するには、まったく文字数が足りていません。しかし情報がギリギリまで減らされているがゆえに、句を受け取る側の頭の中では非常に豊かに情報を補完して想像します。「誘われるように、つい想像してしまう」。そんな人の心理を古くから愉しんでいるのが俳句なのだと思います。少し乱暴なくくりに感じられるかもしれませんが、ある情報の刺激によって誘われるように想像し、自ら想像したその産物に価値を見出すという点においては、俳句を愉しむことと、カレーうどんの誘惑にとらわれることは、近しい状況ではないかと私は思います。

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