「世界観」と「物語」から考察するブランド論――ブランディングディレクター・工藤拓真さん

「世界観」と「物語」から考察するブランド論――ブランディングディレクター・工藤拓真さん
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2023/09/13 08:00

 近年、世界観という概念が注目されています。モノやサービスが溢れるいま、人はその背景にある独自の世界観に惹かれる傾向にあるからです。本連載では、さまざまなクリエイターとそんな「世界観」の正体を考えていきます。聞き手をつとめるのは、『全裸監督』などの作品にプロデューサーとして携わり、世界観研究所の所長でもあるたちばな やすひとさん。第3回では、企業や商品のブランディングを手掛ける工藤拓真さんとの対談をお届けします。

工藤 ご無沙汰しています。橘さんとは何度か対談させてもらっていて、いつも刺激的な話をしてくださるので、今日も楽しみにしてきました。

たちばな こちらこそです。工藤さんとは領域は違いますが、同じ志があると勝手に思っています(笑)

工藤 ありがとうございます。それは私も同じです。たちばなさんのストーリーや感動に対する言語化はとても示唆に富んでいるので、以前上梓なさった本でも世界観に触れていらっしゃいましたが、それを本格的に探求されているんですね。

たちばな 物語論を人生に応用する自己啓発本として2021年に『「物語」の見つけ方』という書籍を執筆しましたが、ここで初めて「世界観」という言葉と向き合いました。それなりに踏み込んで書いたつもりなのですが、この部分だけでもっと話を展開させることができるだろうという感覚はあったんです。そんななか2023年に入り、友人が大学院で「世界観」の研究をしていると聞き、それならば一緒にやりましょうと「世界観研究所」を立ち上げました。

工藤 研究所とは大胆ですね。

たちばな 最初は「世界観ラボ」と言っていたのですが「『研究所』って言ったもん勝ちではないか」と冗談まじりに考えたあと、そのくらいの気概で取り組もうと決めたのです。前に工藤さんと少し話もしたとは思うのですが、あらためて「世界観」と「ブランド」の違いについてお話できたら嬉しいです。

工藤 はい、ぜひお願いいたします。

ブランドとは「固有名詞から想起させる期待」

たちばな 工藤さんは企業やサービスのブランディングをされていますね。ブランドと世界観は似ている気もするのですが、そもそもブランドの定義などがあれば教えてください。

工藤 いきなり超難問ですね(笑)。「ブランドとは何か」という問いには、人の数だけ定義がある世界ではありますが、私なりの定義でお答えしていきます。ブランドの効果効能を言い出すとキリがないので、いったん“ブランドが持つ本質”だけを突き詰めてみると、ブランドとは「単なる固有名」と「それに付随するイメージ連想の総体」と言えるのではないかと思っています。どんな素晴らしいブランドも、その原点は、ただの名詞、しかも「固有の意味をもつ固有名」が支えているんです。

そういう意味でブランドとは「ネーミングされたもの」と言えるかもしれません。もともとブランドには「銘柄」「烙印」との意味があるため、固有名詞がついたらその時点で「ブランド」が成立すると考えることもできます。たとえば、「猫」という言葉自体は、不特定多数を指す一般名なので当然ブランドとは呼べません。しかし「ドラえもん」は、特定の誰かを指す固有名。だから「ブランド」となるのです。

ただ、一般名では絶対ブランドにならない、なんてことはありません。たとえば、「リンゴ」自体は一般名詞ですよね。ですがそんな一般名も、特定の意味合いが込められ、多くの人がその存在を認識したら固有名のような存在になっていきます。「アップル」という名前を聴くと、きっと多くの人が「Macbookのアップル社」を思い浮かべるはずです。

さらに、その固有名詞を聞いたときに連想するものがあれば、強いブランドと言えます。「Apple」と聞けば「クリエイティブ」とイメージするように、キーワードが浮かびますよね。これは「Appleはクリエイティブな製品をつくってくれるだろう」という期待のあらわれです。つまり、Appleは「ブランドが確立されている」のです。

たちばな その連想はひとつでなくても良いのですよね。

工藤 はい。「Apple」で言うと「スティーブジョブズ」「Think Different」と、いくつものキーワードが連想ゲームのように広がります。一般的には「たくさん連想できるものがあるほど強いブランド」という理解で良いと思います。

たちばな なるほど。それは具体的でわかりやすい定義ですね。

工藤 ブランディングって連想拡大ゲームみたいなところがあり、しかも消費者が連想する集合体とブランド側が狙っている集合体が近いほど、両者の結びつきは強くなる構造なんです。

たちばな ではその「連想させるキーワードをまとめた集合体」がブランドの正体なのでしょうか?

工藤 そう言い切りたくなりますよね。でも、連想キーワードを束ねるだけではブランドとして足りないんです。この点は、神戸大学・石井淳蔵先生のブランド論が非常に示唆に富んでいます。

たとえば「無印良品」を表すキーワードを、抜け漏れなく箇条書きしたとします。きっと何百どころか、何千、何万の特徴が記述できるはず。では、それらすべての特徴をふまえたときに、どのようなアイテムができるでしょう。それをカバーする製品をつくったとしたら「無印良品に似たもの」にはなっても「無印良品」そのものではない。どこか、無印そのものとは違うものになってしまっているはずだ、と言うんです。

たちばな なんだか難しくておもしろい話になってきました(笑)

工藤 つまり「固有名は一般名に分解しえない」ということなんです。Appleは「クリエイティビティあふれる」「シンプル」といった具合に、ある程度は特徴を一般名に還元して言語化できます。ですがそのなかには、キーワードに分解できなかった“なんだかぼんやりしたもの”もある。「Appleはシンプルだ」は間違ってはいないですが、アップルのすべてを言い切ったことにはならないですよね。むしろ、その“ぼんやりしたもの”も含めた総体がブランドの正体だ、という考えかたなんです。

たちばな そうすると、ぼんやりしたものを言語化することができたら、それがブランドと言えるのでしょうか。

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