デザインを広く捉える
デザイン・イネーブルメントは、デジタルプロダクトを提供する企業において、個人が、チームが、そして組織全体がデザインを理解し、効果的に活用していくための道筋を描くための考えかたです。このなかでは「デザイン」を次のようにとらえ、デザインが活用される領域を拡張しようとしています。
その活動を行う主体(個人、チーム、組織)にとって「より良い状態」を定義し、どのように到達するべきかの道筋を描くこと
この前提にあるのは、デザインという行為は、「すべての人々が日常生活のなかで発揮している能力である」という考えかたです。
たとえば、家族がより健康でおいしく食事をするためにと考えられている献立や盛り付けの工夫は、まさに「健康」という「より良い状態」があり、「料理」という「デザイン活動」だと言えるでしょう。このような視点に立って考えれば、法律を専門とする弁護士も、テクノロジーを専門とするエンジニアも、それぞれの専門知識を使い、デザイン活動を行う主体であると捉え直すことができます。
つまり、それぞれの専門家が持つ「主要な活動」の補助、または基盤のような役割として「デザイン活動」が存在していることがわかります。
このように捉え直すことで、デザインという活動をすべての人々にとってより身近で持続的な存在へと変化させます。デジタルプロダクトを構築し市場へ提供するという文脈においては、「一部のデザイナーが一部の工程で行う作業」から、「あらゆるチームメンバーがあらゆる工程で実践する活動」へと変えていきます。
デザイナーだけではない、デザイン人材とは
デザインがデザイナー以外の人材によって実践されるものであるという言説は、ゆめみだけが提唱していることではありません。
2018年に経済産業省と特許庁が共同で発表した「『デザイン経営』宣言」や、この宣言に呼応し、デザイン経営を推進する人材像を経済産業省が定義し2019年に公開された「高度デザイン人材育成ガイドライン」。これらの策定は、官公庁が専門的な知見や経験を持つ民間企業と協力し、積極的な研究と事例の蓄積のもとに行われています。結果として、従来の意味では必ずしもデザイナーではないものの、デザインに関する知識や経験に精通した人材として「デザイン人材」という言葉が使われる機会が増えてきています。
先ほど触れた「高度デザイン人材育成ガイドライン」では、「高度デザイン人材」の厳密な定義はなされていません。一方、このガイドラインのインプットとなった「高度デザイン人材育成の在り方に関する調査研究 報告書 詳細版(2019)」には、国内外の先行事例をふまえ、仮説として次のような定義が紹介されています。
高度デザイン人材とは、「多様なデザイン専門性能力」に加えて、「ビジネススキル」と「リーダーシップ」を備えた人材である。
本記事においては、「高度デザイン人材」ではなく、「デザイン人材」を取り扱っていきたいため、「高度」の部分を取り除く必要があります。前述した調査やガイドラインでは、そもそもの目的が「高度デザイン人材」を特定・定義するための取り組みであったため、一般的な「デザイン人材」との違いについて明確に言及されていませんでした。しかし、調査報告書での検討過程をふまえると、次の要素を差し引くことで「デザイン人材」の要件が浮かび上がってくると解釈できるでしょう。
- 取り扱う問題の難易度や複雑さの高さ
- 定義における「ビジネススキル」
- 定義における「リーダシップスキル」
このように見ていくと、残るのは「多様なデザイン専門性能力」になるわけですが、最終的なガイドラインラインのなかでは、「クリエイティブ領域の専門性」として次のように定義がなされています。
上の図から見えてくることは、デザイン人材に求められるスキルや知識は、その人材の「見た目」を作り込む能力の高低、つまり、従来のデザイナーの能力は厳密には要求されていないことがわかります。専門性のなかには「ビジュアライゼーション」が含まれていますが、あくまで多様な関係者と合意形成を行うための抽象的概念の可視化にとどめめられています。これは、本連載の第2回で言及した「デザインの制作物に関する『美しさ』の観点の省略」がデザイン思考を幅広く普及させたこととも一致します。