対極な椅子が体現する価値設計
それではここで、一脚の椅子をデザインすることを想定して考えてみましょう。
ここに、まったく違う椅子がふたつあります。今までの説明をふまえれば、どちらが機能的価値・情緒的価値に優れているのかはおわかりいただけるのではないでしょうか。極端な例にはなりますが、これらの椅子はまったく違った提供価値をもってデザインされたものです。
写真上の椅子は、快適な座り心地と長時間の使用における疲労軽減を重視した「座るという体験(機能)を追求したデザイン」です。それは、背もたれの角度、肘置きの薄さ・傾き、移動しやすいキャスターなど、人間工学などのデータから、人が座るということはどういうことかを追求しデザインされています。
一方、写真下の椅子は、機能的な座り心地よりも「人にどう感じてもらうか(感性)を追求したデザイン」です。装飾、サイズ、色使いなどで見る人に権力、憧れ、強さなどのイメージを記憶させ、人の感情を操作することを追求しデザインされています。
機能的価値と情緒的価値は、相対するものではなく「相関関係」にある
機能的価値をデザインする場合、ユーザーが今までどのような価値を求めてその商品やサービスを利用したいと思っていたのか、そしてその使いかたを追求することがはじめの一歩です。一方、情緒的価値をデザインするケースでは、ユーザーが今まで似たような商品やサービスを通じてどのような感情を抱いていたのかを理解し、その感情を追求することがスタートです。
つまり双方とも、目的、その先にいるターゲットユーザーの特性や志向を綿密に分析/理解することから始まると言えます。
ここで注意すべきは、機能的価値と情緒的価値は相対関係ではなく、相互に影響し合う「相関関係」にあるということ。我々が日常的に目にするデザインはこのふたつのバランスで成り立っています。目的に応じてバランス(量・時間軸)をコントロールすることでデザインに価値が生まれるのです。
今回の振り返り
- デザインをする際、体験やストーリーを通じてユーザーに何かしらの「価値」を感じてもらうことが重要。その「価値」を理解することこそが、デザインを理解することにつながる。
- 機能的価値とは「商品やサービスが実際にどれだけ役立つか、使いやすいか」という実用的な面にもとづく価値。
- 情緒的価値とは、その商品やサービスを使ったときに「気分が良くなる」「特別な感じがする」といった感情に関わる価値。
- 機能的価値はユーザーの「理性を揺さぶる」、情緒的価値はユーザーの「感性を揺さぶる」ことで生まれる。
- 機能的価値と情緒的価値は相対関係にあらず、相関関係にある。我々が日常的に目にするデザインはこのふたつのバランスで構成されており、目的に応じてバランス(量・時間軸)をコントロールすることでデザインに価値が生まれる。
いかがでしたか?
ユーザーにどのような提供価値を与えるかで、商品や体験の見えかた、ありかたが変わってきます。それらの価値をユーザーに明確に認識・体感してもらうことが、愛される商品や記憶に残る体験の創造につながります。
次回は、機能的価値と情緒的価値のデザイン方法についてお届けします。