なぜイラストは敬遠されてきたのか その理由と誤解
「子供っぽい」「ニッチ」という不安
長らく企業は「イラスト=子供向け」「ポップすぎる」といった先入観を持ってきた。しかし実際には、シックで高級感のあるイラストレーションや、BtoB向けの専門的なタッチも存在する。選びかた次第でトーン&マナーを自在にコントロールできるのだ。
たとえばエルメス(Hermès)は、ホリデーシーズンのギフトキャンペーンやカタログで水彩や線画による上質なイラストを長年活用している。公式Instagram(@hermes)でも、過去のホリデー投稿に洗練されたイラストを組み込むことで、ラグジュアリーブランドとしての世界観を高めている。
コスト・承認プロセスの複雑さ
撮影と違い、イラスト制作は工程や修正の見通しが立てにくいと感じられてきた。とくに企業のマーケティング部門では「想定外に時間がかかる」「修正対応が不透明」という不安から敬遠されることがあった。だが、制作の流れを事前に設計し、明確なブリーフを共有すれば、スケジュールやコストは十分コントロールできる。
たとえば、プロジェクト開始時にターゲットや世界観、使用媒体、色数、サイズ、納期、修正回数の上限を明記し、ラフ提出→フィードバック→清書→最終確認といった工程をカレンダー化しておく。さらに、印刷やデジタル化など後工程の必要日数も逆算して盛り込めば、制作が迷走して納期や予算が崩れるリスクを大幅に減らせる。
「AIで描けるのでは」という誤解と限界
生成AIの台頭により、「イラストはAIで代替できるのではないか」という声もある。たしかにスケッチやアイディア出しにAIを使う動きは広がっているが、ブランドが求める一貫性やオリジナリティを維持するのは難しい。
AIは大量の公開データをもとに画像を生成するため独自の世界観を確立しづらく、同じキャラクターやタッチを安定して再現するのも得意ではない。さらに著作権やライセンスが不透明な場合があり、商用ブランド資産として長期活用するにはリスクが残る。
そのため、最終的なクオリティとブランドらしさを担保するには、依然として人間のクリエイターのアートディレクションと判断が不可欠だ。
ブランドがイラストを活用するための実践ポイント
明確なブリーフと期待値の共有
プロジェクト開始時に、ターゲット層、使用媒体、サイズ、カラーガイド、想定修正回数などを明確に伝えることが重要だ。ラフ(WIP)の段階でフィードバックを受けるプロセスを設計しておくと、後戻りを減らせる。
イラストレーターを初期から参画させる
デザインやコピーが固まってからイラストを依頼すると、世界観が断片的になりがちだ。企画初期からイラストレーターを巻き込むことで、コンセプト設計から一貫した表現を生み出せる。とくにSNS施策の実施や動画化を視野に入れる場合は、早期の参画が不可欠だ。
予算・スケジュール計画を現実的に組む
イラスト制作には案出し、ラフ、清書、修正、納品という工程があり、写真撮影とは異なる時間軸が必要だ。修正回数の上限や追加費用の取り決めを事前に行うと双方が安心できる。
法的な権利処理・ライセンス契約を押さえる
商用利用では、著作権、二次利用、改変権の取り扱いを明確にすることが重要だ。契約時にどの範囲まで利用可能かを定義し、追加使用が発生する場合の条件を合意しておくとのちのトラブルを防げる。
イラストレーションが開く次の時代
イラストは今後、モーションやデジタル技術との融合でさらに進化する。SNS広告では静止画にアニメーションを加え、Webやモバイルで高い没入感を生む事例が増えている。ARやメタバースの領域でも、手描きの質感を3D空間に持ち込み、ブランド体験を拡張する試みが始まっている。
イラストレーターの役割も“描き手”から、コンセプト設計や世界観づくりを担う“クリエイティブパートナー”へと広がっている。生成AIはラフや参考スタイルの提案を助けるが、独自性や一貫性、ブランドの物語を形にするには人の判断が欠かせない。AIと手描きを組み合わせたハイブリッドな制作フローがカギになるだろう。
TfLの25周年キャンペーンやSelfridges × Fromm Studioの事例が示すように、イラストはデジタルの時代にこそ差別化と感情の伝達に力を発揮する。ブランドが求めるのは、単なる絵のうまさではなく世界観を統合するパートナーシップだ。AIの進化を取り込みながら、“人の手の温度”を武器にすること。それがこれからのクリエイターに求められる姿ではないだろうか。