ステークホルダーにとって企業は脇役 「コーポレートブランディング」の輪郭を捉えよう

ステークホルダーにとって企業は脇役 「コーポレートブランディング」の輪郭を捉えよう
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 日系LCCや外資系ハードウェアベンチャーの創業期にインハウスの広報およびブランディングストラテジストとしてコーポレートブランディングの0から1を手掛けてきた、Ankerの瀧口智香子さんによる本連載のテーマは「コーポレートブランディング」。初回となる今回は、ブランディングに関する基本的な知識をおさらいしたいという方に向け、ブランディングの考えかたを整理し、コーポレートブランディングとはなにかを定義していきます。

 コーポレートブランディングというテーマで筆をとったのは、チームメイトのデザイナーとした何気ない会話がきっかけでした。

「そういえばデザイナーさんって、学校とか個人で経営やマーケティングの勉強はするの?」

「人にもよると思いますが、自分の周りではあまり聞きませんね」

――なるほど。

 私は日系LCCと外資系ハードウェアベンチャーで、インハウスの広報としてコーポレートブランディングと対外コミュニケーションの戦略立案から実行までを一手に担ってきました。アーリーステージであるがゆえに企業としてのブランド力も知名度もまだまだという中、腕まくりをして「らしさ」づくりと発信に奔走する日々。暗中模索の友である社内デザイナーは心強い存在でしたが、一方で提案されるクリエイティブの深さに、時折ふとズレを感じてしまうことがありました。その正体の片鱗を見たのが、冒頭の会話です。

 社内で同じ空気を吸い、同じ風景を見て、同じ会議に出ていても、ベースとなる知識や理解が異なると自然とものの捉えかたや視座、そしてその先にあるアウトプットにも差が出てきます。セールのバナーや製品紹介POPといった目的が明確かつ限定的なものであればそれほどではありませんが、ブランディングのような抽象度の高い概念の理解を前提とする場合は、そのズレがとくに大きく見えるときがあるのです。専門性を大きく超えた無理を求めるつもりはありません。しかし、携わる仕事の周辺知識を持っていることは、クリエイティブワークにも決して悪いようには働かないはずです。

 そこで本連載では、デザイナーの方が知っていて邪魔にはならないであろうコーポレートブランディングの知識とヒントを、私個人の実体験で得た学びを織り交ぜながらお伝えしていきたいと思います。

 第1回目は、ブランディングにまつわる知識の整理。復習と準備体操の回です。

そもそも「ブランディング」とは?

 「brand」という単語は、古ノルド語(8~14世紀にかけて北欧で使われていた言語)の「brandr」や古高ドイツ語(8~11世紀頃にドイツの中南部で使われていた言語)の「brant」、古フリジア語(8~16世紀にオランダからドイツ北部にかけて使われていた言語)の「brond」等に起源を持つとされています。いずれも「火」に関連する単語で、そこから派生し、飼っている牛などの家畜を他の人のそれと区別できるよう目印として焼き印を押す(あるいは焼き印それ自体)という意味で使われるようになりました。中世ヨーロッパと言えば、商業においてギルド(商人たちが結成した相互扶助のための団体)が隆盛した時代。商品の品質保証や出処による信用が求められた時代背景の中で発展を遂げた単語であると考えると、すっと腹落ちします。

 現代のマーケティング分野におけるブランドの定義としてスタンダードになっているのは、世界のマーケティング研究の中心的機関であるアメリカ・マーケティング協会(AMA)が提唱しているものです。

"name, term, sign, symbol or design, or a combination of them intended to identify the goods and services of one seller or group of sellers and to differentiate them from those of other sellers(個別の売り手や売り手集団の品やサービスを識別させ、競合のそれらと差別化するために用いられる名称、言葉、記号、シンボル、デザインまたはそれらを組み合わせたもの)”

 「途端にわかりにくくなった…」とスクロールの手が止まった方もいらっしゃるかもしれませんが、目を凝らすとひとつの重要なポイントが浮かび上がってきます。それは「差別化」という考えかたです。差別化は“言うは易く行うは難し”で、たとえば売り手がいくら「この牛はほかの牛と違う」と主張しようとも、牛の外見や血統、用途適正、過去の評判などの何かしらの理由に基づき、買い手が「確かに」と納得しなければ成り立ちません。つまり、ブランドを考える上でカギを握るのは売り手ではなく“買い手”であり、買い手がほかと明確に区別をしている品やサービスだけが、晴れて“ブランド”と呼ばれうるのです。

 ブランディングは「brand」という単語に進行や動名詞的働きをする「-ing」がくっついた言葉なので、真正面から捉えると買い手側で品やサービスなどが差別化される状態を売り手が戦略的に作っていく活動と言えます。しかしブランディングの現場に身を置いていると、温度や熱量を感じない「識別」や「差別化」という言葉に物足りなさを覚えます。というのも、買い手が特定の品やサービスなどに触れ、類似するほかとの差異を認める瞬間やその差異が買い手の意識の中に留まる過程(また留まっている状態)には、冷静な認識以上のエモーショナルなエネルギーが発生していることをひしと肌で感じるからです。

 そんな現場での体感とAMAの定義をすり合わせ、私なりに彫り出したブランド/ブランディングの定義が下記です。

ブランド

個人の中で類似するほかとは異なった役割や位置づけがなされ、感情とともに意識に留まっているモノやサービスなどのこと

ブランディング

モノやサービスなどの独自性や優位性を認識させ、感情とともに定着、蓄積していく活動

※この続きは、会員の方のみお読みいただけます(登録無料)。