[前編]デザイン×データ論――クリエイティブの定義が今、変わりつつあるのかもしれない

[前編]デザイン×データ論――クリエイティブの定義が今、変わりつつあるのかもしれない
  • X
  • Facebook
  • note
  • hatena
  • Pocket
2019/07/18 08:00

 今回デザインとデータについて話を伺ったのは、アドビでコンサルタントとしてユーザーの課題解決にあたった経験をもち、現在はプロダクトエバンジェリストをつとめる安西敬介さんと、同社で2018年までCreative Cloudスペシャリストとして活躍し、現在はビジネスディベロップメントマネージャーをつとめる阿部成行さん。おふたりが取材の中で口を揃えて語ったのは、「クリエイティブの考えかたや定義自体が変わってきているように思う」ということ。それはなぜなのだろうか。前編では、これからのデザインにデータが必要な理由についてまずは話を伺った。

なぜデータが必要か その前提にあるのは「パーソナライゼーション」

――今回は、デザインとデータをテーマにお話をお伺いできればと思っています。最初に、なぜこれからのデザインにデータが必要だと思われるのかについて、見解をお聞かせください。

安西 まずその問いの前提にあるのが、今の企業と消費者のコミュニケーションに、デジタルが介在しないことの方が少なくなってきているということです。もちろん「ECサイトで何かを購入する」もそうですが、アプリで買ったものを店舗で受け取れるとか、オンラインとオフラインを連動させることもだいぶ当たり前になってきていますよね。

少し前までのウェブデザインやデジタルのコミュニケーションは、結局マスと一緒で、画一的なコミュニケーションをしている状態がほとんどでした。けれどそれが今は変わってきていて、全員に同じものを展開するのではなく、その人に合ったコミュニケーションをし、それぞれに合った顧客体験を提供することが企業に求められるようになってきている。

つまり、「パーソナライゼーション」なんですよね。人によって情報を届けるタイミングが変わり、内容が変わり、メッセージが変わり、デザインも変わる。そういったコミュニケーション手段としてパーソナライズをすると、データが必要になりますよね。そのため、パーソナライズを実現するという前提でのデザインを考えなければならないというのが、ひとつ、大きなポイントだと思っています。いわゆるUI/UXデザインを、パーソナライズベースで考える必要がある。

もうひとつは、ユーザーがどんな人であるかを考えるときに、今までは水を売り出そうと思ったら、どんな人たちがその水に興味をもつかを机上のディスカッションで決めていましたが、今はデータを見たり、場合によってはテストマーケティングを実際に行って考えることができる。すると、実際のデータを活用した先に出てくるアウトプットも、今までとは変わってくるはずですよね。そういった「デザインの起点」のようなものがだいぶ変わってきているように感じています。

阿部 僕は、デザイナーがデータを理解すべき理由は3つあると思います。

ひとつは少し重複しますが、もともとクリエイティブは、相手に向けて作りますよね。昔はすごくざっくりした相手の姿しかわからなかったですが、テクノロジーが進化することで、詳細の情報までわかるようになってきました。ただクリエイティブを行う上で、よりその人となりを理解するためには、実際のデータをもとに考えていくことが必要ですよね。むしろそれをやらないで、クリエイティブをすることのリスクの方が今は高くなっているのではないでしょうか。

デザインという作業がデジタル化していくプロセスは、クリエイティブのカバレッジが広がっていく歴史でもあると思うんですよね。昔はペンで四角を書いて、「ここにこんな写真を入れてください」という指示をすることがディレクションだけ行って、写真を分解して、それをフィルムで貼り付けるというような作業は製版会社などがやっていたところに、DTPやPhotoshopなどが登場したことで、製版の作業もクリエイター自身でやるようになりました。

そうやって領域がどんどん広がっていき、今はどうかと言うと、リアルタイムでその人に合ったクリエイティブを提供していかなければならないところまで到達しています。これから先も、クリエイティブの範囲が広がるほど、データと結びつくものも増えるはず。これがふたつめの理由です。

アドビ システムズ 株式会社 デジタルエクスペリエンス営業本部 市場開発部 ビジネスディベロップメントマネージャー 阿部成行さん
アドビ システムズ 株式会社 デジタルエクスペリエンス営業本部 市場開発部 ビジネスディベロップメントマネージャー 阿部成行さん

3つめは、領域が広がり「街」のデザインが重要になってきていること。

たとえば、いまiPhoneって多くの人が持っていますよね。みんなiPhoneが好きだし、なくなるとすごく不安になります。その背景にあるのは、iPhoneそのものへの好意はもちろん、iPhoneを通じてつながるLINEやSNSなどのコミュニティとつながりたいという気持ちだと思うんです。

アドビではよく、「モノと街と人」という言いかたをします。「街」は、人と出会うところという意味合いで使うのですが、iPhoneの機能やデザインはもちろん、iPhoneの中で作られる「街」のデザインや体験の方が、より重要になってきているように感じています。iPhoneを使って人と人とがどのように結びつき、どんな情報がやり取りされ、幸せになれるか。そこまでがデザインの領域になってきていますよね。そこでの人々の結びつきというのは、直接目で見ることはできないので、データで把握することが必要になります。

安西 デザインの領域が広がってきたという中には、領域としての広がりと、責任としての広がりのふたつがあると思っていて。

とくに責任としての広がりが、よりビジネスの場面でもデザインに求められることが増えてきているように思います。それはクリエイティブやデザインという領域が成熟してきたことの表れでもありますが、一方、なんでもデータ化されることで、デザインも含めてその良し悪しが可視化できるようになった。デザインがいかに自分たちのビジネスにインパクトを与えるのかがわかるようになってきたんですよね。

だからこそ、きちんとビジネスを理解して、ビジネスのKPIを達成するためにどういうデザインをすればいいのか。どんなクリエイティブが適切なのかを考えていくことも重要になってきていると思います。

※この続きは、会員の方のみお読みいただけます(登録無料)。