アート思考を養うには 「描くこと」を起点にビジネスとアートのつながりを考える

アート思考を養うには 「描くこと」を起点にビジネスとアートのつながりを考える
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2020/08/14 10:00

 本連載のテーマは「ビジネス×アート」。コンサルティング会社に勤務するかたわら、アートの作品制作に関するワークショップへの参加、イベント運営などを積極的に行う奥田さんとともに、アートとの関わりを探ります。第2回のテーマは、「アート思考の養いかた」です。

芸術の脳は右脳だけ?

 前回は、クリエイターやアーティストが無意識で行っている思考プロセスが、ビジネスの実践の場では強みであり、武器となることを述べた。

 今回は、その観点をより深く考察していきたい。一般的にクリエイターやアーティストは直感や感性など右脳の力が求められることが多い。そして、彼らの感性は生まれ持った才能に依存するものだと思われている。そのためだろうか、多くのビジネスパーソンは感性に頼るのではなく、論理やロジカルなど左脳で勝負している。そういった背景もあり、ビジネスにも右脳の力、感性・センスを磨かないといけないと昨今言われているのだろう。

 しかし、右脳と左脳のスキルといった概念で、仕事内容や役割を完全に分けてしまうのはもったいない。そもそも、このような分けかたは正しいのだろうか。正直、科学的な正解は私にはわからないが、名画と呼ばれる作品は、緻密に構図や配色、鑑賞者の視点がロジカルに計算されている。決して感性だけで描かれているのではない。また、ロジカルを突き詰めた数式・方式、優秀なエンジニアのソースコードが、シンプルでとても美しかったりする。

 話は少し脱線するが、Bernard Frize氏というフランス人の画家がいる。私は彼の作品がとても好きだ。いくつもの多彩な線が、織り込まれているように描かれており、一見シンプルに見えるが、どのような手順で描かれているのか検討がつかない。しかし、間違いなく緻密な計算のうえに、彼の作品は描かれている。感性だけではこのような作品は絶対に創ることはできない。その計算された美しさが、とても魅力的なのである。

Bernard Frize氏の作品 (筆者撮影@パリ PERROTIN ギャラリー)
Bernard Frize氏の作品 (筆者撮影@パリ PERROTIN ギャラリー)

 どうやら、いわゆる右脳と左脳のスキルは、相互補完として活用したとき、最大限の効果を発揮するようだ。クリエイターが創造プロセスを最大化するには、ビジネスパーソンの持つ思考スキルが必要であり、ビジネスパーソンが事業やプロジェクトを成功に導くには、アート思考のようなクリエイターの考えかたが必要なのではないだろうか。

上手く描かないといけないという壁

 ビジネスパーソンがアート思考を身につけるには、実際に作品を制作することが近道だ。私自身、昨年の4月から月2回、東京藝術大学の学生が先生をつとめる美術教室に通っている。

 もともと私は美術館やアートギャラリーによく足を運んでいた。作品に時代背景を重ねて鑑賞し、自分にはない新しい世界観に触れていた。

 しかし、どこか受動的な姿勢であったことは否めない。思考や感性を本気で磨くために、本気で頭を使わないといけないが、鑑賞という受動的な行為にはそれがなかった。そのため、アート思考や創造性を真剣に身に着けたいのであれば、実際に作品を制作することだと、いまでは強く思っている。

 一方、教室にこの1年通ったおかげで画力が少しは上達したけれども、まだまだ素人のレベルは抜け出せない。その道のプロのアーティストや芸大生には遠く及ばない。当然、今から彼らよりも上手くなることは難しい。

 ここで少し、そもそも「上手く描く」ということについて考えたいと思う。世間一般で、絵が上手いとは、物事を忠実に描写するスキルを指す。たとえばピカソの作品を観た時、多くの人は上手いかどうかすらわからない。

ピカソ『アヴィニョンの娘たち』(筆者撮影@二ューヨーク近代美術館)
ピカソ『アヴィニョンの娘たち』(筆者撮影@二ューヨーク近代美術館)

ピカソの絵は極端だとしても、今のアートシーンにとって写実的に描くという価値は、相対的に低くなっていると思われる。なぜなら、実物大を忠実に再現するには、カメラ・写真で十分だからである。だから昨今のコンテンポラリーアートは、美しい作品よりも、パッと見て良さがわからないものが多い。もちろん、ピカソの初期の作品を見る限り、絵を描く技術は圧倒的なレベルである。しかし、ここで伝えたいことは、上手く描けなくても、描くこと・作品を制作することにはそれ以上の価値があるということだ。では、上手く描くこと以上の価値とは一体何なのだろう。

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