イラストを“活かしきる”ために――プロダクトライフサイクルから考える価値とストックサービス参入の心得

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ストックサービスで必要となる思考

 まず大前提ですが、参入検討の条件は楽しさや経験のためではなく、事業として儲かるのかを重視しました。

 「続けていれば、いつか芽が出て花が咲く」「きっと良い出会いがあるさ」のような考えかたではなく、月いくらの売上を目指すなら毎月何枚のペースでイラストを掲載すべきか、どんなカテゴリーを狙えば競合が少なく、効率的に検索上位に入れるのかなど、なるべく論理的な分析を心がけました。

 実際に売上をたてる方法としては、ストックサービス自体から収益を得る方法と、ストックサービスのユーザーから見込み客をつくり、オーダーメイドの発注を自社サイトで得る方法のふたつがあるでしょう。

 スタンダードなのは前者で、とにかく多くの人にイラストをダウンロードしてもらえる状況をつくりあげることが勝負となります。たとえば、イラストレーターの持ち味や世界観が見えてくるように、同じテイストで統一したイラストをモチーフやアングルを変えて掲載し続けます。さらにはファンになってくれそうなユーザーを想定し、そのユーザーが欲するであろうシチュエーションのイラストを集中して掲載すると効果的です。

 考えかたとしては、チェーン店のドミナント戦略に似ていると思います。最初は、検索結果による偶然の出会いかもしれませんが、何度か同じテイストに出会うと「イラストの雰囲気を統一して使いたい」という気持ちが芽生え、同じイラストレーターの作品を何度もダウンロードすることにもつながります。

 イラストレーターにとってもテイストを統一することで、作画の省力化とスピードアップにもなります。たとえば人の身体をパーツで構成しておき、さまざまなポーズを作り、それらを組み合わせて服の色などを変化させれば、短時間で複数の人物モデルを生み出すことができます。

 それ以外にも、描き込みを減らして作業工程を簡略化したシンプルなイラストを心掛けるなど、ひとつのイラストが低報酬になったとしても、イラスト群全体として採算が合うように制作するテクニックがカギを握ります。

 先にもお伝えしましたが、大切なのはマスマーケットを狙った汎用性のあるイラストであることです。

 ダウンロード回数が多い構図やモチーフ、アングル、シチュエーションなどを狙う。好きになってもらうよりも、嫌われないことを優先したテイストで描く。社会情勢やトレンドなどをとらえ、いち早く反映させる――。

 ストックサービス自体で収益をあげるレベルまで達するには、戦略的な思考で臨む必要があります。ダウンロード報酬という果実を得るためには、競争が激しくても多くの実がなる木にあえて飛び込まなくてはなりません。しかも果実をつかみ取れるようにオリジナルの道具を使ったり、高速で収穫したりと他者に負けない収穫戦略を用意する必要があるのです。

オーダーメイドイラストの強みと危険性

 一方、ストックサービスから自社サイトにユーザーを連れ出し、オーダーメイドのイラストを受注することは、ストックサービスを広告媒体やお試しサービスとして利用する、とも捉えることができるでしょう。

 この場合には、イラストレーターが得意とするテイストをしっかりと固め、ユーザーの検索にヒットするワードに関連するイラストを意識的にそろえていきます。たとえば、季節や行事の切り口もありますし、保育や医学、食品など業界をテーマとする手もあります。

 大切なのは、テイストを貫いてさまざまなカテゴリーのイラストに分散させ、検索するユーザーとの接点を増やすことです。その手段として必要となるのが、イラストのテイストの客観的な評価です。子どもが好む、女性が好む、写実的、学術的、絵画的、和風にマッチする、美味しそうに感じさせるなど、まずは大枠から探り、そこから解像度を上げながらテイストの特徴が理解しやすい表現を見つけられると良いですね。

 オーダーメイドの受注において、見込み客となるのは仕事上で使用するイラストを探している人です。自分らしいテイストが、どの業種と相性が良いのかを把握することができれば、イラストを掲載するカテゴリーを徐々に絞ることができますし、もちろん見込み客に自分のイラストを見つけてもらえるチャンスも広がります。

 ただし、チャンスを広げたいからといって、その分野のモチーフを網羅しようと躍起になるのはリスキーです。ストックサービスに掲載されているイラストでユーザーが満足してしまったら、オーダーメイドの受注にはつながりません。それに、通常ひとつの会社から受注すると、同じ業界で競合する会社からの発注は舞い込まなくなるものです。ですから、あくまでストックサービスは広告媒体として捉え、自分のテイストを見せるためのサンプル置き場として整備していくことが大切になります。

 ここで忘れてはいけないのが、ストックサービスの検索をきっかけに訪れたユーザーの受け皿として、自分(自社)のランディングページを作りこむことです。さらにその際、ストックサービスに掲載しているイラストのテイストと、自前のウェブサイトに載せているイラストのテイストを統一しておくことです。ここがズレてしまうとユーザーは戸惑い、それ以上触手が伸びなくなってしまいます。

 このようにして収入を得るやりかたは準備段階から多くの時間と労力を要しますし、何よりも客観的に自己分析し、ユーザー心理に沿った動線を考えなければなりません。オーダーメイドの受注までたどり着くには、戦略的な思考が不可欠ですし、それができないと、身も蓋もない言いかたにはなりますが、イラストを掲載してもただの思い出づくりに終わってしまうのです。

アイディア次第で広がる、イラストを“大切にする”ということ

 どちらの方法であっても、初期段階は見込みでイラストを描き溜める必要があり、その過程においてはモチベーションの維持も課題となります。

 そしてユーザーの嗜好が、オリジナリティや使用目的とのマッチングよりも、安く手軽に使えるイラストを求める傾向にあることも懸念材料のひとつです。たとえイラストレーターのテイストが気に入ってもらえたとしても、1対1の取引につなげるには、かなり離れたところから、お互い歩み寄っていかなくてはならないことを意味します。

 rala designとしては、時間と労力の初期投資が多く必要かつ、いつ損益分岐点に到達するのか想定しづらい、つまり採算が合いにくいため実施しないという検討結果になりました。そして私たちなりの“イラストを大切にする”という視点からは大きな乖離があったので、ストックサービスにイラストを掲載することはしませんでした。

 しかし、検討を続ける中で学びも多く、使いたいイラストに出会うまでの時間を短縮できるというメリットもありました。ユーザー側に立って最適なイラストを探す際には、イラストレーターの名前に着目し、その人が公開しているイラスト群から得手・不得手を判断できるのです。

 今回、前半はイラストが活躍する時のパターンについて、後半はストックイラストについての話題となりました。

 イラストを活かしきることは何かと改めて考えてみると、影響範囲や使われ続ける時間、使用回数などに注意を払って、イラストの活躍場所を判断していくことではないかと感じています。イラストレーターの目線で言い換えると、どんなステージで、どんな相手に自分の描くイラストをアピールすべきか迷った時には、影響範囲・時間・使用回数に注目して使用方法をイメージすれば、向かうべき大きな方向性を得られることだと思います。

 イラストの使いかたについても、新しい手法、楽しいアイディアをずっと探していきたいものです。たとえば「イラストとプロダクトがセッションのように呼応するアイテム」や「イラストを見ている人の記憶を利用するイラスト」なんてあるとしたら、どんなものなのでしょうか。このあたりのお話は、またいずれお伝えできればと思います。

イラストレーション = Kana Nitta