ナイキの体験づくりで立ち会った「変革の瞬間」
Noah(Figma) 最初のテーマは「デジタルトランスフォーメーション」についてです。イアンさんも私も、すでにDXしている会社で働いているため、これから取りくもうとしている会社とは少し異なると思いますが、私たちの体験談や経験が皆さんのお役に立つのではないでしょうか。そもそも、デジタルトランスフォーメーションとは何か、そしてどんな意味をもつと考えていますか?
Ian(Meta) 私はこれまで、すでにデジタル変革が進んでいる企業で仕事をしてきたため、デジタルトランスフォーメーションとはいったい何なのかを考えるのに少し時間がかかりました。そんななかで私が思いついたもっともシンプルな定義は、「企業が、顧客に価値を提供する方法の中核にソフトウェアを置き、さらに成功すること」です。ここでは、企業の文化を変えていくことも大切でしょう。
コロナ禍になり、日本の企業がさまざまなワークスタイルに適用してきたことはとても興味深いです。日本企業では、「一緒にいる」ことが本当に重要です。しかしコロナ禍によって、リモートワークやzoomによる会議など、企業は状況にあわせ、ツールを取り込みながら働きかたを変えざるを得ませんでした。新しい働きかた、新しいものを取り入れていこうとする動きが出ている今は、非常におもしろい時代。そしてそれが、変革の始まりなのかもしれないと感じています。
Noah(Figma) プロセスや使用するツール、仕事の進めかたにも変化が及んでいるというのはポイントですね。これまで所属してきたさまざまな企業で、何らかの変革が起きた瞬間、とくにデジタルトランスフォーメーションが起きた瞬間を覚えていますか?
Ian(Meta) 私はR/GAというエージェンシーで働いていたのですが、そこでナイキのデジタルトランスフォーメーションのサポートをしていました。
当時はiPhoneが発売されたばかりで、App Storeはまさにオープン間近。そこで私たちは、ランニングを記録し、iPadと連動するNike Runningの体験を、スマートフォンで利用できるようにするためのサポートを行いました。すばらしいプロダクトをつくる会社が、ソフトウェアでどのような体験を提供できるのかに目を向けたこの瞬間は、ナイキのビジネスにおける転換点でしょう。
その結果、ナイキはお客さまにサービスを提供できる機会が大きく広がりました。新しい靴や服を買うタイミングだけでなく、ランニングをしたり、運動をするたびに、ソフトウェアを通じて毎日価値を提供することができるようになったのです。このように、ブランドや会社に対する考えかたは非常に変化してきています。ただモノを作るのではなく、その製品にまつわるストーリーを語り、それを販売する。継続的にお客さまと関係性を維持していくという体験は、とても興味深いものでした。
Noah(Figma) では、そのように新しい技術を取り入れたり何かを変革していく際、デザインはどのような役割を果たしてきたのでしょうか。ナイキ以外でも、どういった変化を見てきましたか?
Ian(Meta) 私がキャリアをスタートさせたのは、ウェブが普及し始めたころ。つまり20年ほど前の話です。
それ以前は、デザインはグラフィックデザインに関するものでした。CD-ROMのようなものでちょっとしたデジタルの作業は行われていたものの、これほど大規模なものではありませんでした。とくにソフトウェアのデザインは、非常に特殊です。より多くの企業がソフトウェアを作らなければならなくなり、そのために必要なデジタル化が行われるようになったのです。
そこで重要な役割を果たしたのがiPhone。体験の質の水準を引き上げたからです。ポケットの中にあるスマートフォンを使ってさまざまなことを考えたりしますが、どこをタップすれば良いのかを考えるのに割く時間は、それほど多くないでしょう。モバイルアプリケーションでは、非常に気の利いたデザインプロセスが必要なのです。そして、優れたアプリは、明らかにデザインが洗練されていたため、スキルセットに対する需要が生まれ、業界にはさらに多くの機会が生まれました。これは、非常に大きな変化だったと思います。
また同時に、ある意味で“コンピュータ”がポケットに入るようになったことで、実際にパソコンを使う人が増えたと思います。この10~12年ほど間に、ソフトウェアが日常生活の一部として使われるようになったのです。大きなシフトを経験した10年でしたね。