“ふたつ”の世界観を深掘りしたらヒットの理由が見えてきた――ゲームデザイナー・イシイジロウさん

“ふたつ”の世界観を深掘りしたらヒットの理由が見えてきた――ゲームデザイナー・イシイジロウさん
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
2023/08/02 08:00

 近年、世界観という概念が注目されています。モノやサービスが溢れるいま、人はその背景にある独自の世界観に惹かれる傾向にあるからです。本連載では、さまざまなクリエイターとそんな「世界観」の正体を考えていきます。聞き手をつとめるのは、『全裸監督』などの作品にプロデューサーとして携わり、世界観研究所の所長でもあるたちばな やすひとさん。初回は、ゲームを舞台に世界観を表現するゲームデザイナー・イシイジロウさんとの対談をお届けします。

ゲーム『刀剣乱舞』で知った「世界観監修」という仕事

たちばな 昨今、「世界観」が重要だと言われています。たとえばドラマやマンガなどエンタメの世界では、優れたストーリーを描く時代から、魅力的なキャラクターで勝負する時代を経て、いまや「独自の世界観」が視聴者の心をつかむ時代だと感じています。

一方、世界観が何かを語れる人はなかなかいません。「世界観のつくりかた」というマニュアルもないですし、「ブランド」のような概念にも近いので定義が難しい。ゲームで独特の世界観を表現されるイシイさんに、そのヒントを教えてもらえたらと思いました。

イシイ 僕が最初に世界観という言葉に注目したのは、ゲーム『刀剣乱舞』のゲームデザインを手掛けた芝村裕吏さんが、ご自身を「世界観監修」と名乗ったときです。最近のゲームにはクレジットとして「世界観設定」なども入るようになりましたが、当時はそういった表現は見かけなかったため、おもしろい肩書だなと思いました。一方で、「世界観」という言葉には違和感もあった。使う人によって定義が違うからです。

たちばな 「定義が違う」とはどういうことですか?

イシイ 以前、英語圏のゲームクリエイターが「ワールドビルド」という言葉を使ったことがあったんです。これを通訳の方が「世界観」と訳したんですね。僕は当時、世界観とは「作者が世界をどう見ているか」という作者の視点を指すと思っていたので、「世界観を指すなら『ワールドビュー』じゃないですか?」と言ったんです。英語は詳しくないのですが、専門用語には細かいもんで(笑)。

すると通訳の方が、SFやファンタジーの世界観設定のことは「ワールドビルド」、作者起点の世界の見かたは「ワールドビュー」だと教えてくれたのです。英語だと明確に分かれていますが、日本語だと言葉は「世界観」のひとつ。世界観を解き明かすには、まずはこの違いを整理する必要があります。

世界観をめぐるふたつの考えかた 「ワールドビルド」と「ワールドビュー」とは

たちばな Wikipediaでは世界観のことを「世界の見方」と解説されていますが、補足的にマンガやライトノベルの用語でもある、と「ワールドビルド」のことが示されています。

イシイ 「ワールドビュー」は「作者が世界をどう見るか」という視点のことなのでそれはさまざまですが、世界は今ここにあるひとつだけ。一方、「ワードビルド」は「現実の世界と空想世界の差異をどう作るか」であるので、現実とはかけ離れていきます。

たちばな 世界観と言っても、そのふたつがあるのですね。

イシイ たとえば『機動戦士ガンダム』には、作者の戦争に対する視点(ワールドビュー)が表現されています。最初のシリーズのみを対象にワールドビューを言葉にするなら、「戦争という悲劇はあるけれども、ニュータイプが生まれることで人はわかり合うことができる」といったところでしょうか。

ですがスペースコロニーがあり、ミノフスキー粒子があり、モビルスーツがあり、というのは、現実とはかけ離れた、まさにワールドビルドな世界観ですよね。ゲームにおける「世界観設定」という仕事は、まさに現実との差異を設定する仕事だと思います。

たちばな 舞台の設定が現実そのものなど、ワールドビルドがない作品というのもありえるのでしょうか?

イシイ ワールドビルドはなくても成立します。たとえば『名探偵コナン』はそうですね。コナンは高校生から子供に若返っていて、キャラクター自体が特殊です。また物語には「黒の組織」のような現実には存在しない組織も登場しますが、描かれているのはテロや殺人事件など現実的な物語。

またストーリーは、コナンの視点で事件を解決するというシンプルなものです。コナンの視点で社会を捉え、問題解決をしているわけですから「ワールドビュー」が強い作品だと思います。ときに探偵が現実以上に警察の捜査に介入したりもしますが、ワールドビルドな世界観設計はあまり強くないです。

ゲームデザイナー/原作・脚本家 イシイジロウさん
ゲームデザイナー/原作・脚本家 イシイジロウさん

たちばな イシイさんはどの作品の世界観が好きですか?

イシイ 「ワールドビルド」の観点で好きなのは『機動戦士ガンダム』『スタートレック』『スター・ウォーズ』です。どの作品も、現実世界とは異なる「Ifの世界」ができているところがスゴイですね。

たちばな Ifの世界、ですか?

イシイ たとえばガンダムファンは、ガンダムの歴史を、あたかも日本史のように、まるで実際にあったかのように語るじゃないですか(笑)。ファンのなかに、バーチャルの世界が確立されているんですよね。

ワールドビルドがしっかりした作品は、実はメインキャラクターがいなくなっても成立するんですよ。ガンダムシリーズは、アムロ・レイとシャアがいなくてもおもしろい作品が次々と出てくる。これはワールドビルドな世界観がしっかりしているからです。さらにこのような作品は、実は作者の視点を表す「ワールドビュー」が変わっても物語として成立するんですよ。

たちばな ワールドビルドはそのままで、ワールドビューだけが変わるということがあるのですね。

イシイ ガンダムの最初のテレビシリーズは僕もリアルタイムで見ていたのですが、「地球を捨てて宇宙にあがるべき」と言っている。戦争が起こるという悲劇に対して、ニュータイプが生まれることで人はわかり合える、と。これが最初のシリーズのワールドビューでした。

でも続編『機動戦士Ζガンダム』ではそれがひっくり返っていた。つまり、「人はわかり合ったらより憎しみ合う」というインターネットの予言みたいなことをやってしまったんです。「進化した人類が生まれてくる未来を信じよう」というワールドビューが捨てられていることに当時驚きました。

※この続きは、会員の方のみお読みいただけます(登録無料)。