人工知能の分野にも存在する「世界観」と人が物語を必要とするワケ――ゲームAI開発者・三宅陽一郎さん

人工知能の分野にも存在する「世界観」と人が物語を必要とするワケ――ゲームAI開発者・三宅陽一郎さん
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2023/09/04 08:00

世界観という概念が注目されています。モノやサービスが溢れるいま、人はその背景にある独自の世界観に惹かれる傾向にあるからです。ドラマプロデューサーで世界観研究所所長のたちばなやすひとさんが、さまざまなクリエイターと「世界観」の正体を考える連載「ドラマプロデューサー・たちばな やすひとが辿る、世界観への道」。第2回は、ゲームAIを研究・開発している三宅陽一郎さんとの対談です。

たちばな クリエイティブの世界では、よく「世界観」という言葉が使われます。「宮崎駿の世界観」と言えば絵の質感が特徴的ですし、「尾崎豊の世界観」と言えば詩の世界や音色を指すかもしれません。定義も範囲も曖昧なのですが、人工知能の世界にも「世界観」という考えかたはありますか?

三宅 人工知能の言葉では「環世界」がそれにあたると思います。生物の持つ主観的世界を指す言葉です。たとえば、カメレオンがアメンボを見るとペロッと食べてしまうのは、カメレオンの環世界の中にアメンボが食べられるものとして現れるからとか……。

たちばな とっさに出る行動、のようなものですか?

三宅 はい、その母体にある世界のことですね。たとえば人間は、果物を見るとガブっと噛んでしまう。誰から教えられたわけでもないですが、自然とそうするんです。「これは果物だから食べられるものである。だから食べよう」ではなく、人間の主観世界の中で、果物が食べものとして見えているからですね。果物を食べることができないものとして見ることはできますか?おそらくできませんよね。それが環世界です。

ゲームAI開発者 三宅陽一郎さん
ゲームAI開発者 三宅陽一郎さん

このように、自分ではコントロールできない主観世界を構成する基盤のようなものを「環世界」と言い、これが世界観を生み出しているのだと思います。ただ人工知能の領域で、「環世界」はとても歪んだ世界であるとも言われているんですよ。

たちばな 「歪んだ世界」ですか?

歌詞の世界がファンの行動規範に 尾崎豊の世界観

三宅 たとえばカメレオンは、あまり目が良くないのにアメンボをよく見つけるんです。それは、カメレオンの世界においてアメンボの存在が大きいからです。もちろん世界にはアメンボばかりいるわけではないので、カメレオンが見る世界は「主観的」で「正しくない」。ですが、その歪みによって環境と調和できているんです。

たちばな この「環世界」と、私が追いかけたいと考えている「世界観」は近しいものでしょうか?

三宅 同じだと思います。たとえば尾崎豊さんの曲を聞くと、尾崎豊さんの世界観が自分の中にしみわたります。孤独の中でも自分の信じるもの貫きながら優しく生き抜こうとする世界観に勇気をもらう。尾崎さんの世界観がそれぞれの人の行動に大きく影響を及ぼすわけです。これは、まさに「環世界」ですよね。

たちばな たしかに!

三宅 そして、人間の場合は「環世界」だけでは済まないんです。その上にちょっと知的な「文化世界」があり、人との関係性によって生まれる「社会世界」があります。人間はとても頭脳が発達しているため頭で行動を制御できるように思えますが、やっぱり根っこの「環世界」に影響されているんです。

たとえば犬はいつも縄張りをつくっていますが、それは「場所」という鋭い環世界を持っているからなんです。人間もなんとなく縄張り意識がありますよね。「ここは私の領域だから入ってくるな」みたいな言動が出てしまうのはそのせいです。これは人工知能をつくるとよくわかります。いちばん下にあるのが環世界だから、その上に人工知能を乗せても、環世界の歪みが、そのうえに構築される世界に影響しちゃうんです。

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