仮説と可視化のカタルシス――仮説生成の技を磨くためのポイントとは

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問題空間を民主化する

 私は20年間デザイナーとして活動した経験から、企業でも抽象的な思考が得意な人はそう多くはないと感じています。複雑な情報や不確実なプロジェクトにストレスを感じる人も、比較的多い印象です。

 開発経験者が作成する事業計画書や仮説を完全に理解できないまま開発を進めているメンバーも実は多いのではないでしょうか。マーケターが発する専門用語が腑に落ちないまま活動している人も実際に見てきました。概念がチームのなかで身体化されていないのです。

 入社して日が浅いメンバーが企業の文脈を理解しきれず、不安を抱えて開発を進めるケースもあります。途中からプロジェクトにジョインしたメンバーが、発言しづらく歯がゆい思いをしていることもあります。若手社員がベテラン社員に指摘しづらい、という風景も常にあるものです。部署ごとの成果や思惑が衝突し、対話の歯車が止まったままであることも多いでしょう。

模式図。デザイナーの仮説生成により無効化する障壁を示した図。円環状に以下の8つの障壁が並ぶ。スキルの障壁、経験値の障壁、組織文化の障壁、事業者とユーザーの障壁、職位の障壁、部署間の障壁、企業間の障壁、知識の障壁。

 人間の組織は、知識としても文化としてもいびつなものです。デザイナーが可視化した仮説は、そのような差異を無効化するよう、全員をフラットに議論のステージに乗せることができます。

 情報格差をなくす。複数の専門性をもったメンバーの目線が揃う。誰でも意見が言えるようになる――。事業計画書には意見を言えなくても、サービスイメージを紹介するチラシであれば、同じ目線で議論することができます。

 デザイナーはチームが活動する問題空間を見つめ、チームの心理を冷静に読みとります。思考が停滞しているときや、方向性に疑問を感じるメンバーがいる場合などは、仮説を可視化しチームに投入してみる。逆に抽象的な概念に対する議論が活発で、その対話内でメンバーの当事者意識の発露が見られるのであれば、あえて可視化はせずにしばらくそのままにしておく。下手にビジュアル化することで、議論の場が冷めないよう注意します。

仮説と可視化のカタルシス

 複雑な情報に圧迫される。不確実な状況に対して不安が漂う。言いたいことが言えない呪縛がある。

 デザイナーの仮説生成は、そのようなチームの精神を浄化し創造性を解放します。検討の平等をつくり、多様な情報を編集します。メンバーは内面を吐露し、その集積からイノベーティブな成果に導きます。

 だからこそ、デザイナーの仮説生成は周囲の感動体験として記憶され、プロジェクトを超えて組織全体に影響を及ぼしていくことになります。デザイナーとしては、リーダーシップを発揮するきっかけにもなっていくものです。

 最後に、デザイナーの仮説生成の力はときに強力であり、チームの暴走を生み出すことにもなります。事業として、体験として筋の悪いものであっても、デザイナーがハイクオリティに可視化することで素晴らしいものに見えてしまう。それによって後戻りができなくなってしまうこともあり得ます。そういった事実から、デザイナーは仮説を否定する責任も強く持っていることを忘れてはいけません。

今回のまとめ

  • 仮説生成はチームに提案するタイミングと文脈性が重要です。仮説生成のクオリティを気にしてタイミングを外してしまうと、むしろまったく効果が出ないこともあります。
  • 主体的に俊敏に仮説生成を重ねるデザイナーがいると、企業全体のデザインの運動が活性化します。デザインへの好意と期待が高まり、戦略・企画段階からのデザイナーの参画が増えていきます。
  • デザイナーが仮説生成するには、デザイン領域に応じた日々の観察が重要です。自分なりの観点を設けて観察を続けることで仮説生成の技が磨かれていきます。
  • 仮説生成はすべてのビジネスパーソンの仕事です。そのなかでもデザイナーの仮説生成は可視化も行うことで、具体思考と抽象思考の往復から検討の精度を向上させられる点が特徴です。
  • 仮説が可視化されることで情報格差・知識格差・組織格差を横断したフラットな議論の場をつくりあげることができます。それによりアイディアが創発されます。
  • デザイナーの仮説生成はメンバーへの浄化作用のような側面も持ち合わせます。チームの信頼を勝ち得ると同時に仮説が暴走する可能性もあるため、場合に応じて強く否定する責任も持ち合わせています。