デジタルを主戦場としたクリエイティブが市民権を得て20年。私たちは目まぐるしく変わるこの世界で常に時代と向き合い、さまざまなチャレンジを行ってきた。
インターネット、SNSの普及、スマートフォンの登場、そして「クリエイティブの文化的市民権」の確立――。そしてさらに、コロナ禍からの技術革新や価値観のリセット、生成AIの登場に至るまで、ここ数年で私たちを取り巻く環境は劇的に変化している。こうした“クリエイター大変革期”とも呼ぶべきこの時代、デジタルとリアルの境界はますます曖昧になり、私たちも未知なる可能性と直面しながら日々模索を続けているのだろう。
ただ一方、過剰にあふれる情報、新しいサービスやプロダクトの登場などによって、「本来、クリエイターとして何を目指せば良いのか」「いかにして自分の軸を保ち、よりクリエイティブを伸ばしていくか」という点に迷いを覚える人が少なくないのも事実だ。
そこでこの連載では、「体験」をキーワードに、デジタル・アナログを問わずクリエイションのヒントになり得るコンテンツを紹介していきたい。前回取り上げた「没入型音楽体験」と同様に、今回も体験そのものがもたらすインスピレーションを存分に感じ取ってもらうのが狙いだ。多くのことを“摂取”し気づきを得て、自分の感性に落とし込む。それこそが「体験の真髄」だと、私は信じている。
ダイナミックに躍動する「動き出す浮世絵展」
さて、今回紹介するのは、江戸の“ポップカルチャー”とも呼べる浮世絵を最新の映像技術と組み合わせ、まさに“動き出す”世界に仕立て上げた「動き出す浮世絵展」だ。ベースになっているのは、葛飾北斎、歌川国芳、歌川広重、喜多川歌麿、東洲斎写楽、歌川国貞といったそうそうたる浮世絵師の300点以上もの作品。それらと3DCGアニメーションやプロジェクションマッピングといった最先端テクノロジーを融合させた、体験型デジタルアートミュージアムになっている。
2023年に名古屋から始まったこのイマーシブミュージアムは、ミラノ、鹿児島を経て、ついに東京に舞い降りた。
単に鑑賞するだけでなく、立体的かつインタラクティブに浮世絵の世界に飛び込めるという触れ込みに、私自身かなり胸を躍らせていた。結果は想像を上回る没入感。普段、作品集や美術館で観る浮世絵とはまったく異なるアプローチで、浮世絵が“動き出す”瞬間を目撃したとき、思わず心が震えたのを今でも鮮明に覚えている。
会場内は大きくセクション分けされており、それぞれがテーマをもった映像空間になっている。順を追って進むウォークスルー形式で、一度入場すると流れるようにすべてを体験できる作りになっているため、どのエリアでも立ち止まり、じっくりと味わってほしい。
1:名所絵を極めた浮世絵師たちを追体験する「日本の風景に没入する空間」
まず、風景画の達人・歌川広重の名所絵や葛飾北斎の『冨嶽三十六景』を中心に、当時の日本各地の絶景をダイナミックに体感できるエリアが登場する。映像と立体演出で作りあげられたその空間では、まるで自分自身が江戸の人々と同じ視点で旅をしているかのような錯覚に陥る。
近年ではVRやARを駆使した空間演出も身近になってきたが、ここでの醍醐味は「日本の風景を、絵師の想像力を介して体験できる」という点だろう。実在の名所を写実的に描くだけでなく、浮世絵特有の大胆な構図や誇張表現によって、その土地の空気感や“旅のワクワク感”を肌で感じることができるのだ。滝や波といった水の表現にも注目すると、作品によってタッチがまったく異なることに改めて気づかされるはずだ。