ゲームフルデザインの具体的なアプローチとは
では、そんなゲームフルデザインを使ってどのように体験設計をするのか。伊藤氏は具体的に説明を始めた。
最初のステップは、「解決すべき課題」を定めること。そのあとにUXを設計するのだが「『瞬間UX』と『習慣UX』のふたつがある」と伊藤氏。瞬間UXは、見た瞬間に使いたくなってしまうような体験のことで、習慣UXは継続的に使い続けたくなる体験を指す。さらに瞬間UXは、「無意識」についやってしまうものと「意識」的にやるものに分けられる。
「無意識の瞬間UX」「意識的な瞬間UX」「習慣UX」の3つを設計する方法について、事例を交えながら説明がなされた。
1.無意識の瞬間UX
伝統的な経済学は、人間が論理的であることを前提としていた。しかし、現代では人間は感情や欲求に左右される不合理な生き物であることがわかっている。そういった特性を体験に組み込むのが「無意識の瞬間UX」のつくりかただ。
東京・八王子市が大腸がん検診の訴求のために配布したチラシには、従来「受診した場合、来年度も検査キットをお送りします」と記載されていた。それを「受診しないと来年度は検査キットをお送りできません」という文言に変えたところ、受診率が7.2%も向上したのだ。これは「損失回避性」という人間の特性を利用した設計である。
このように、人間の特性・欲求を刺激する体験設計をすると、行動変容を起こしやすい。これを実務向けにフレームワークに落とし込んだものが、次の図だ。

たとえば、松竹梅の価格設定で商品を用意すると、真ん中の竹が選ばれやすいのは「フレーミング」を利用した体験設計だ。「簡単な施策で実現できるので、ぜひ活用してもらえたら」と伊藤氏は続けた。
2.意識的な瞬間UX
意識的な瞬間UXの例として「手を入れたくなる消毒器」が紹介された。イタリアのローマにある「真実の口」に見立てた消毒器で、つい手を入れたくなる。ほかにも、鳥居を設置すると「神聖な場所」という意識が働いて不法投棄が減ったり、階段の左右に「A派」「B派」という投票の文言が書かれていることで階段を上りたくなるように促したり、といった事例を紹介。
こうした意識的な瞬間UXを設計するにあたり、先述のようなフレームワークはないが「原体験の洗い出し」が必要だと伊藤氏は言う。
「『クイズがあったら答えたくなる』というように、ついやりたくなってしまった体験にたくさん出会ってきたと思います。そういった体験を洗い出していくのです」

セガ エックスディーでは自治体と「町ちがいさがし」という取り組みを実施。住民に財政に興味を持ってもらうことを目的に、今の街と20年後の街の間違い探しを作成した。
3.習慣UX
習慣UXを考えるにあたってカギとなるのは「人間の9つの原理的な欲求」だ。「お金がもらえるから」ではなく、「やりたいからやってしまう」という人間の行動は、次の9つの定義で網羅的に説明できる」と伊藤氏は言う。

「達成欲求」を例に挙げよう。人は進歩を実感することによってモチベートされる。ラジオ体操のスタンプや、歩数計の数字でやる気が出るのはそうした達成欲求があるからだ。「ロボット掃除機に名前をつけて愛着を持つ」といった行動は、「保存欲求」に分類できる。
とはいえ、こういった9つの欲求を刺激する習慣UXは、どのように設計できるのだろう。セガ エックスディーでは、9つの欲求を刺激する101個の手法を定義している。次の図に注目してほしい。これは、ゲーム開発における体験設計から要素分解してマッピングしたものだ。

たとえば、達成欲求を刺激するやりかたとしては、「ストックポイント」という報酬が溜まる仕組みと「アチーブメントシンボル」という成長度が可視化される仕組みなどが一例として紹介された。