【最終回】プロダクトを強くする “返済”と“予防”の体験負債マネジメント

【最終回】プロダクトを強くする “返済”と“予防”の体験負債マネジメント
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 複数のSaaSプロダクトを展開する企業も増えている昨今。そういった企業のなかには、ユーザー体験を低下させる「体験負債」に課題を抱えているケースも少なくありません。本連載では、そんな「体験負債」にフォーカス。マルチプロダクト化やスピーディな機能リリースが進むなか、デザイン組織内で「体験負債」解消に向けた取り組みを進めているログラスのデザイン部部長 高瀬光さんが解説します。最終回となる第3回は「体験負債マネジメント」がテーマです。

 プロダクト開発の現場では、スピードや優先順位の都合で“やりきれなかった設計”が積み重なり、体験の質がじわじわと損なわれていきます。これを「体験負債」と呼んできました。連載の第1回では、この負債がどのように生まれるのかなどその概要を、第2回では、体験負債のメカニズムについてお話しました。

 そして最終回となる今回は、体験の負債を“ただの後始末”として扱うのではなく、プロダクトを戦略的に成長させる資産として捉えアプローチする方法を提示します。体験負債のプライオリティ、ロードマップとの連携、開発プロセスにおける「入り口:予防」と「出口:返済」の戦略を軸に、負債に対し組織としてアプローチしていく方法を考えていきます。

体験負債のプライオリティコントロール 「優先されない課題」の順位をどう上げるか

 体験負債のもっとも厄介な点は、常に後回しにされやすいという構造にあります。目の前にメインの開発タスクがある以上、UXの改善施策はどうしても“優先順位が低い”状態となってしまいます。チームが限られたリソースの中でスピードを求められているとき、「使い勝手をよくする改善」は、目に見える成果につながりにくい分、議論の土俵にすら上がれないことも少なくありません。

 体験負債の解消に向けた取り組みは、そのままでは優先されません。この現実をまず受け入れるところから、体験負債の改善は始まります。

「ロードマップにも効く」体験の改善を見極める

 では、どうすれば体験負債はプロダクト開発のテーブルに載るのでしょうか。ここでポイントになるのは「ロードマップの開発タスクに資する改善」を見極めて提案することです。

 たとえば、ある新機能の利用が進まない背景に、過去に蓄積されたUIの複雑さや導線のわかりにくさがある場合。それを改善することは、単なる「負債の解消」ではなく、新機能の成果最大化にも直結します。

 このようにユーザーのペインを明確に捉え、プロダクト成長と紐づけて語ることで、体験負債の改善は“成果を出すために必要な開発”として認識され始めます。

 まずはロードマップの開発タスクと親和性が高く、かつ明確に成果がでやすい体験負債に目星を付けていくことが重要です。

ロードマップと別のバックログで管理する

 体験負債の優先順位が上がらない理由のひとつに、メイン開発のロードマップと一緒にバックログで管理するという構造的な問題があります。

 ロードマップ上ではどうしてもビジネスインパクトが明確な機能開発にリソースが集中し、体験負債への着手は後回しになりがちです。

 この課題へのひとつのアプローチが体験負債のバックログを別で立てるという戦略です。あえて体験負債専用のバックログやロードマップを作成し、メインの開発計画とは切り離して管理することで、施策の優先順位が埋もれない状態をつくります。

 ただし、完全に独立してしまうとプロダクト全体としての整合性が崩れる恐れもあります。重要なのは、「分けつつ、方向性をあわせる」というスタンス。UX改善ロードマップにも、メイン開発の動きや関連機能を意識して連携可能な項目を載せることで、体験負債のバックログを取り組みやすい(優先度を上げやすい)状態にしておき、体験負債解消へ一定のリソースを割くことの啓蒙をしていくことが重要です。

デザインシステムを“負債解消のきっかけ”に変える

 もうひとつ実践しやすいアプローチが、デザインシステムの構築と負債解消をセットにする方法です。

 体験負債はしばしば、コンポーネントのバラつきや表現の不整合といった形で現れます。こうした状態に対し、デザインシステムの刷新・整備を進めていくことで、「ユーザー体験の質を底上げしつつ、開発の再現性と効率を高める」という一石二鳥の取り組みが可能になります。

 ポイントは、実装価値の高いUIパターンから優先的に改善していくことです。たとえば利用頻度が高く、CS(カスタマーサクセス)からも問い合わせの多い画面に使われているコンポーネントを重点的に更新し、それを既存の開発タスクに紐づける形で実装してしまう――。このように、体験負債の改善を「自然な形で既存の開発に組み込む」ことは、非常に実用的な戦略です。

小さな成果を、しっかり伝え「Small Win」を根づかせる

 そして、体験負債の改善価値を継続的に認めてもらうには、成果を“見える化”して組織に還元していくことが不可欠です。

 改善施策の成果がユーザーに与えるインパクトは、一見地味かもしれません。しかし、たとえば「新しいUIをリリースした結果、2日間で全体の80%のユーザーが利用した」といった具体的な数値データがあると、社内でもその意義が共有しやすくなります。

 このような「Small Win」を丁寧に記録・報告していくことで、UX改善は“手応えのある投資”として認識されていきます。とくに経営やプロダクトマネージャー層にとっては、数値や定量的な効果は意思決定の重要な材料となるため、ファクトベースでPRすることが文化形成のカギになります。体験負債の解消は効果測定までを含めたサイクルを意識することがポイントです。