ミラーワールドに必要なのは「まず現実を把握すること」
松島 今回の特集では、ARが作り出す巨大なプラットフォーム「ミラーワールド」をテーマに1冊つくることになりました。ミラーワールドという言葉自体は90年代にもすでにありましたが、WIREDの創刊からずっとエグゼクティブ・ディレクターをやっているケビン・ケリーがUS版でミラーワールドをテーマにしました。そこからインスピレーションをうけて、じゃあミラーワールドって一体何なのかというのを徹底解説、総力特集したのが、今回の1冊になります。
この特集を進めているときに、VRやARは、流行りだしたんだけど、全然実現しないじゃんと言って1回おちて、そこからもう一度みんなが忘れたころに実装されていく「ハイプサイクル」の谷を超えたんじゃないかという話をしていて。
川田 VRはゲームなどの領域で、Play StationがVRを出したとか、機器が揃ったことによって出てきましたよね。ARは肩身が狭い時代がありました。
松島 今さらながら、そのときに「VR」三兄弟ではなくて「AR」三兄弟にしたことがすごいなと。
川田 つぶしが利かないですからね(笑)。でも結構確信があって。10年前にAR三兄弟を始めたんですが、当時僕はミシンの技術者で、ミシンを上手に縫った人の経験をコピーアンドペーストできるというような概念を特許開発していたんですよ。それって、つまり経験のミラーリングで、ミラーの媒介としてミシンに経験を宿して、ほかのひとが最初から上手に縫えるようにするということです。それが最初だったので、ミラーワールドはハローワールド的な「始まり」ですよね。
松島 十夢さんはミラーワールドをどのように捉えていらっしゃいますか?
川田 今回の連載の絵は、不思議の国のアリスをオマージュしています。アリスはうさぎを追いかけて穴に入っていくと、そこに虚構とつながる道があって、縮尺がおかしくなって、やがてアリスが住んでいる世界とか、重力とかいろいろな価値観が逆転したりという世界ですよね。でもその根本では、現実を把握していることが不可欠。現実のスケールや重力、高度、材質とか、いろいろなものを把握したうえで起こりうる「不思議なこと」なんですよね。そういう不思議なことを現実と地続きでするには、現実を把握しなければいけなくて、その前段として必要なのが、言葉はいろいろ変わると思いますが「ミラーワールド」のようなもの。まずは現実を物理演算的に、プログラミング的に実装できる、把握できるものにしていかなきゃいけないなと。
松島 ケビン・ケリーは、インターネットが生まれることで、すべてがデジタルな情報になって、ネットで流通可能になる。次に、SNSが生まれることで、世界中の人間関係がデジタル化された。そのうえでミラーワールドというのは、いうなればそのすべてを実装化することなんだということを言っています。たとえば物理的なことは今まで取り残されてきたけれど、それをスキャンすることでデジタル化され、僕らはそれをデジタルツインという風に言っている。こうやって今座っているイスとか壁とか、そういうすべてのものがもう1度デジタル情報化されたときに、現実とまったく同じものがデジタル記述された世界があるというのがミラーワールドです。だからミラーワールドのなかではすべてがデジタル情報なので、そこにある種、デジタルな操作が可能になって、それがARのようなテクノロジーによって生まれる。そしてそれを我々は見ることができるということなんです。
川田 ぼくは開発者なんですが、ミラーワールドは土地開発に近いなと思っていて。平たいただの土地にはなんの価値もないけど、たとえばそこに、何の関係もなかった点と点を結ぶことで、そこに交易や性格づけが生まれて。あちら側に行くときはちょっとおしゃれしようといった価値観の流れができて、初めてそこの共同世界の中にも経済が生まれると思うんですよ。高低差と言うか。今はそういうのがまだ完全にフラットなんですよね。
松島 まだまだコモンズになっていないということですよね。
川田 そうですね。まだコモンにはなっていない。