ニコンの飽くなきグリップへのこだわり
美術大学を卒業後、1988年に入社。そのころはまだ、1917年創業当時の「日本光学工業」という社名だった。最初に配属されたのは、12人ほどのカメラ設計部のデザイン課。以降プロダクトデザイナーとして、銀塩フィルムの一眼レフカメラやコンパクトカメラ、デジタル一眼レフカメラ、双眼鏡、野外観察用顕微鏡「ファーブル」シリーズなどを手がけてきた橋本信雄さん。2019年からはカメラに限らず、ニコン全体のデザインを統括するデザインセンター長を務めている。
そんな橋本さんがデザイン面の統括を担当したのが、2018年8月に発表されたフルサイズミラーレスカメラ「Z シリーズ」だ。中でも注目を集めたひとつは、新しい規格となる「Zマウント(※)」が採用されたことだろう。1959年に発売された一眼レフカメラ「ニコンF」から、長年にわたってニコンのカメラを支えてきた「Fマウント」ではなく、新たに採用された「Z マウント」。その意図は何なのだろう。
「基本的にニコンは、一眼レフカメラや交換レンズなどをずっと作ってきていますが、いま、さまざまなものがデジタル化しており、デジカメでできることがどんどん広がってきています。もちろんFマウントもこだわりが詰まっていますが、さらにその可能性を広げることができるシステムができないかというところから始まり、かなり大型の大口径マウントを作り、システムもそれを生かしたものにしましょうと。ミラーレスの構造は一眼レフに比べると小型化できるので、性能と大きさ、デザインを高いバランスで実現する『本格的に使えるミラーレス』を目指しました」
ニコンカメラの特徴と聞くと「グリップ」を思い浮かべる人もいるのではないだろうか。グリップは長きにわたって、ニコンが大きなこだわりを持っていた部分。その歴史は、ニコンのフィルム一眼レフカメラ 「ニコンF3」が発売された1980年にまでさかのぼる。
「当初の一眼レフカメラのデザインは、直線的な形のものが多かったんです。ですがF3のときに、イタリアのカーデザイナーであるジョルジェット・ジウジアーロ氏を起用。そのときに緩やかな曲面や、持ちやすくするために前方に傾斜させた形状のモータードライブなど、エルゴノミクスと言われる人間工学の概念が本格的に導入されました。そこから徐々に、オートフォーカスや電子化が進んでいき、それにともない大型化していった。その電池スペースを活かしつつ、大きなレンズを装着しても持ちやすいグリップとして進化してきた経緯があります。とくにオリンピックなどの大舞台では、とくにレンズが大きいものを使用しますし、撮影も長時間になる。だからこそ『持ちやすさ』や『握りやすさ』はユーザーの負担を少しでも軽減する大切な要素となるのです」
※マウントとは、カメラの本体(ボディー)とレンズの連結部分のこと。