よりスピード感をもってユーザーと向き合うための独立 時代も量から質へ
――まず、EXNOA内にクリエイティブチーム くまさんを立ち上げた背景からお聞かせください。
長谷川 クリエイティブチーム くまさんを発足したのは、2019年ごろだったと記憶しています。それまでは、部員が僕ひとりの部で部長をしていたのですが、だんだんと自分だけでできることに限界を感じるようになりました。その臨界点を突破したのが、2019年ごろです。そうなったときに、僕のアート部分を担ってくれるようなメンバーを集め、体制を整えなければならないと思ったのがチームをつくったひとつの理由です。また、そのころ、各社がクリエイティブチームを立ち上げブランディングに力を入れていこうという機運が高まっていた中、僕らもDMM GAMESのプラットフォームとしてブランディングできるクリエイティブチームが必要だと思ったことも、チーム立ち上げの一因です。
現在は、アートディレクションを総合的にまとめるような人材や、著名なサウンドクリエイター、原画家がチームにジョインし、約20名が所属しています。最初の1年間は3名体制で進めていましたが、そのころに『ミストトレインガールズ』をリリースし、それから少しずつスケールしていきました。
――そんなクリエイティブチーム くまさんが会社として独立するには、どのような経緯があったのでしょうか。
長谷川 クリエイティブチームくまさんとしてのヒットタイトルも出てきて、市場に対して少しずつブランディングができるようになってきました。そんな中、今の時代に運営でも開発でも求められるのが「速さ」。ユーザーさんに対してもスピード感をもって向き合っていきたいと考えていました。僕らはまだ少人数ですが、だからこそできるスピード感のあるジャッジを武器にしていくためにも、少数で独立したい旨を会社に打診しました。
村中 DMMでゲームの事業を始めたのはおよそ11年前。当時はガラケーからスマホにシフトし、ソーシャルゲームが数多く登場した時期でした。そこからゲームがDMMの中核サービスになっていきました。ただ、当時は世の中にソーシャルゲームがなく、投入すれば投入するだけ売上がつみあがっていたため、リリースするタイトルの数を追っていた時期があったんです。2018年ごろまで、その名残はあったように思います。
ただ、冷静に考えれば、プラットフォームとゲームをつくることの性質は異なります。たとえばゲーム開発会社では1本に2~3年かけてヒット作を生み出せるかどうかが大切ですが、一方、ゲームを仕入れてきて販売するのがプラットフォーム。その仕組み、働いている人、評価制度、考えかたも違う。それなのに、EXNOAはゲームを開発する会社なのか、プラットフォームを運営する総合ゲーム会社なのかが曖昧な会社なんですよね。そこが混在していることへの違和感や、クリエイターがおもしろいと思うものをつくることに集中してもらう環境が用意できているのか、というところへの疑問を抱えている中、長谷川と話す機会があったんです。そのため、「責任をもって作品を世に送り出すには、もっと制作に集中できる環境がほしい。この人たちとならいける、というメンバーで挑戦したい」といった旨を伝えられたときは「いいんじゃない」と返したと思います。
ゲームクリエイターにいちばん大切なのは、覚悟を持ってタイトルを投入すること。ただ当然、自分がおもしろいと思うものを、責任を持って市場にリリースすることはとてもむずかしいです。僕はクリエイターではない、経営側の人間なので、どうしてもそのタイトルが売れるのかどうかに目がいきがちですが、そういった点をふくめ、サラリーマンっぽい会社になりつつあるなとも感じていました。そんな状況を打開するためにも、クリエイターたちの熱を活かさない手はないと思ったんです。