転職せずにペパボ一筋8年 プリンシパルデザイナーが描いてきたキャリアパスとは

転職せずにペパボ一筋8年  プリンシパルデザイナーが描いてきたキャリアパスとは
2019/12/05 08:00

 レンタルサーバー「ロリポップ!」、ネットショップ開業・作成サービス「カラーミーショップ」、ハンドメイドマーケット「minne」など、ITに関わる数多くのサービスを運営するGMOペパボ。現在、同社にデザイナーは40名ほど在籍しているが、そのなかで最上位職である「プリンシパルデザイナー」は佐藤咲(さとうしょう)さん、ただひとりだ。2011年に新卒でGMOペパボに入社。それから4年後の2015年には「シニアデザイナー」に昇格し、今年1月にプリンシパルデザイナーとなった人物である。新卒で入社して以降、着実にスキルを積み重ねてきた佐藤さん。今回は、そのキャリアパスを振り返っていきたいと思う。

小学生時代からの興味がキャリアに結実

 佐藤さんのキャリアの原点は、はじめてホームページを作った小学生時代に遡る。

「当時はイラストレーターになりたくて、自分のホームページを作ってみたのがきっかけです」

そのままウェブ制作への興味を持ち続け、大学進学時にデザイン情報学科を選択。ウェブデザインやエディトリアルデザインをはじめ、簡単なプログラミング、建築や経営学の基礎なども学び、ゼミでは認知心理学を研究した。

 そして2011年、新卒第1期生としてGMOペパボ株式会社に入社する。選んだ決め手は「人」にあった。

「いろんなIT企業の説明会に行きましたが、いちばん雰囲気がよかったんです。はじめての新卒採用でパートナー(※GMOペパボにおける社員の呼びかた)も勝手がわからないのか、まごまごしている部分もあったんですが(笑)、すごく丁寧で、きっと根がいい人たちなんだろうな、好きになれる人がたくさんいそうだな、と感じました」

GMOペパボ株式会社 CTO室 デザイングループ デザイン戦略チーム プリンシパルデザイナー 佐藤咲(さとう しょう)さん
GMOペパボ株式会社 CTO室 デザイングループ デザイン戦略チーム プリンシパルデザイナー 佐藤咲(さとう しょう)さん

 最初に配属されたのは高速オールSSDレンタルサーバー「ヘテムル」のチームで、ここに3年在籍した。先輩デザイナーが育児休暇に入り、佐藤さんひとりにデザインを任されるようになったため、自主的に学習を進めながら実務経験を積んでいったという。その後、新規事業の立ちあげに参加し、ゼロからのデザイン設計を経験。エンジニア領域とデザイン領域にまたがるデザイナーの役割を学んだ。

 2016年春頃からは、レンタルサーバー「ロリポップ!」のリニューアルおよびリブランディングに携わり、2017年7月から現在のデザイン戦略チームに所属。個別のサービスではなく、会社全体のデザイン戦略を考えていく立場となった。

 約9年のキャリアのなかで、デザイナーとして転機になったのは、ロリポップ!のリブランディングに携わった時期だと佐藤さんは振り返る。完成形を目指して手を動かすだけではない、デザイナーの役割に気づいたからだ。

「作るものが決まっていないだけでなく、『リブランディングって何だろう?』という概念的な部分から考える必要がありました。今までの『こういうサービスを作ったので使ってください』という形とは違って、ユーザー像やニーズをもとにした機能や見せかたなど、サービス全体の設計を考えるところもデザイナーの仕事なんだと学びました」

 サービス設計は学生時代にも勉強していたものの、「いつ使うのかな、なんて思っていて……。正直あまり身についてはいませんでした。当時は技術の習得が優先だと思っていたんですよね」と佐藤さん。ロリポップ!では外部の顧問の協力を得ながら、プロジェクトを進める中で学びを深めていったという。

上位職を目指すことで乗り越えた壁

 同社はデザイナーにも職位制度があり、上位職は「シニアデザイナー」と、その上の「プリンシパルデザイナー」がある。佐藤さんは現在、社内で唯一のプリンシパルデザイナーだ。

 佐藤さんがシニアデザイナーに昇格したのは2015年のこと。従来はマネージャー職しかなかったデザイナーのキャリアパスが整備されることになり、そのための基準が設けられたばかりの時期だ。

「当時と今で少し違ってきてはいますが、シニアデザイナーの基準として『形にする』『考える』『影響を広げる』の3つの軸がありました。具体的にはスキルのレベル感や、論理的な考えに基づいた設計や説明ができるか、自分以外に影響力を広げられるか、といった点を評価されます。もしかしたら自分は基準を満たしているのではないかと思い立候補し、無事シニアデザイナーになることができました」

 さらに上位のプリンシパルデザイナーになるには、上記の3つの軸で突出した能力を持っていることに加え、「サービスの設計から行うことができる」「デザイナーの教育・助言・評価を行い、能力を向上させることができる」という要件が加わる。佐藤さんは2018年に一度、プリンシパルデザイナーに立候補したが、力不足で落ちてしまった。当時はデザイナーとして壁にぶつかっていた時期でもあったのだという。

「入社してずっと師匠のような存在だった先輩をはじめ、経験あるデザイナーが辞めてしまう時期がありました。私はまだまだ学びたいという気持ちだったのに、学ぶ先がなくなってしまった。でも私はシニアデザイナーという役職だから人にも教えなければいけない。こんな自分のレベルで人に教えるってどうすればいいんだろう、と悩みました」

 現状を打開しようと取り組んだのが、プリンシパルデザイナーへの挑戦だ。2018年に立候補するも落選したことで、自分の力不足を認識。1年後の再挑戦を見据えて、社外イベントへの積極的な参加や、業界や社会の動きを学ぶための勉強に努めた。

「もしまたプリンシパルデザイナーになれなかったら辞めどきかな、という気持ちも正直ありました。ですが、1年を通して頑張ってきたことが結果に結びつくようになり、少し自信もついてきて。2019年の1月に無事に昇格することができました。立候補の際には、今後ペパボのデザイナー組織はどうなっていけばいいか、という部分も考えてアピールしました。技術的な部分よりも、どちらかといえば全体のサービス設計や物事の道筋を立てて考えられるところを評価してもらえたのかなと思っています」

 プリンシパルデザイナーを目指していた時期と同じころ、Googleのデザイナーだった小久保浩大郎さんが入社したことも、壁を乗り越えるモチベーションのひとつになったという。

「経験豊富な小久保さんがペパボに加わったことで、社内のレベル感がアップデートされ、まだまだ自分が学べる環境が会社にあるんだと実感できました」

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