2022年夏ごろから始まった画像生成AIブーム
クリエイターを取り巻く環境はこの2年で大きく変化したと思います。2年前の連載で私は「変化は10年周期」とお伝えしました。当時は2020年が節目の年になると予想していたわけですが、2023年に入り、思っていた以上に大きな地殻変動が起きていることを実感しています。その震源地となっているのが「生成AI」。ディープラーニングの登場により2006年から始まった第3次AIブームは、2023年現在も進行中です。ディープラーニングの進化形とも言える生成AIですが、以前から私も注視していました。
使用できる形としてクリエイターの目の前に出てきた時期がいつだったかを振り返ってみると、最初は2022年の夏ごろだったのではないでしょうか。テキストから画像を生成するツールの例を挙げると、Midjourney、Stability AIが提供するStable Diffusion、ChatGPTでブームを作ったOpenAIが提供するDALL·E2あたりがよく知られているところです。アドビも2023年3月からAdobe Fireflyのベータ版の提供を開始しました。
特定の目的に合わせてカスタマイズしたモデルを実装しているAIツールまで含めると、非常に多くの選択肢が登場しています。テキストから画像を生成する以外にも、日本のNectAIが提供する「フォトグラファーAI」などおもしろいツールも登場しています。これはアップロードした商品のサンプル画像とともに背景画像のイメージやコンセプトを入力すると、魅力的な商品写真を大量に作成することができるものです。また、アメリカのWonder Dynamicsが提供する「Wonder Studio」も、人物の動画にCGキャラクターを与えると、自動的に人物をCGキャラクターで置き換えたシーンを生成してくれます。
このように短期間で生成AIのユースケースも進化を遂げています。当初は「画像作成」や「コピーを作成」といったシンプルなものでしたが、「過去の広告配信を分析し、コンバージョンへ寄与したキーワードを優先的に採用しながら広告画像に最適なコピー案を生成」したり、「商品サンプル画像から顧客セグメントにマッチする背景画像を生成し、100種類のバナー画像を制作する」といった複雑なものが次々と提案されています。
企業向け生成AIにおける価値とリスク
生成AIのツールやサービスが爆発的に増えたこの状況を、企業に所属するクリエイター、マーケター、ブランドに関わる人々はどのように受け止めているのでしょうか。アドビは自社の生成AIを開発するにあたり、グローバルな業界の方々に直接お会いして話を聞きました。ブランド企業はクリエイティブを担当するマーケティングチームの時間とリソースが枯渇する中で、彼らが推進するキャンペーンのインパクトや費用対効果を最大化しようと常に努力しています。クリエイティブ部門の多くはそれほど大きな組織ではないため、仕事の量を調整することに腐心し、もっとも重要なブランドの一貫性、トーン、メッセージ、ビジュアルを維持することに集中しています。生成AIは、このような切迫した現実の中に現れたテクノロジーなのです。
企業から見た生成AIは、良い面と悪い面の両方が混在しています。それは個人、チーム、組織、社会といったそれぞれの階層にインパクトをもたらし、テクノロジーの進化にともなってその両面が加速されるだろうと捉えています。
まずは生成AIが自分たちの仕事にプラスの影響を与えると考える意見を見てみましょう。自分たちのチームにより多くの能力をもたらし、タイトなスケジュールでも試作のパターンを大量に生成して品質を向上するなどの用途に期待を寄せています。また、クリエイティブのディレクションに追われながらキャンペーンの目標達成に集中するクリエイティブディレクターは、コスト面で断念していたパーソナライゼーション施策を生成AIによって実現できないかと検討しています。いずれも生成AIの活用によって、コンテンツ制作のプロセス全体を加速させることにつながると期待するものです。
一方で、生成AIがもたらすリスクについて、「可能性を感じるが、同時に警戒すべきである」とする評価があります。とくに個人のクリエイターは画像生成AIに対し、知的財産への侵害や倫理的な影響もあり不安を感じている方が多くいることも事実です。企業からも、新たなブランドリスクと法的リスクを見極めるため、慎重に導入を検討しているという声も聞きます。アドビは、こうしたクリエイティブ業界から寄せられる声を反映し、より安全に生成AIが活用できる枠組みを構築し、業界全体の利益に貢献できる取り組みを進めています。ここについては次回の記事で詳しくお話ししたいと思います。