フラットなティール組織が「WOW」を生む
――資生堂クリエイティブではフラットな組織づくりがひとつの特徴ですが、一般的なピラミッド型ではなく、フラットな組織にこだわった理由をお聞かせください。
それには私自身のニューヨークでの経験が影響しています。当時は6~7人の部下がいましたが、彼らが自身のアイデアややりたいことなどの提案を持ってこないことに疑問を感じていました。それはなぜかというと、アメリカでは明確なジョブディスクリプションがあり、各メンバーはそれによって与えられた仕事を完遂することがミッションだからです。身近な上司や部下とコミュニケーションを取りながら、定められた役割の範囲でいかに高いパフォーマンスを出すか。これがアメリカの一般的な働きかたなのではないでしょうか。
一方日本で私が感じているのは、直属の上司部下だけでなく多くの人とコミュニケーションをとりますよね。また、ボトムアップで現場からおもしろい提案があればそれを実行に移すことも珍しくありませんし、そうしたアイデアの中に“原石”が眠っていることもある。もちろん、アメリカ流の働きかたにもよい点はありますし、日本式にも課題はありますが、マネジメント型の責任領域が広がるとクリエイティブに専念するのが難しくなることも多い。そんな背景から、資生堂クリエイティブでは、マネージャーではなくプレイヤーをひとりでも多く存在させるために、フラットな組織、そして誰もがリーダー、誰もがサポーターになり得る自律自走型のティール組織を目指しています。
そもそもクリエイティブという仕事が、統制的なピラミッド型のヒエラルキーに比較的向いていないことも前提にあります。クリエイティブ領域では、自由に、かつルールに縛られず取り組むことが必要です。意表をつく発想や、奇想天外なアイデアは、上意下達の仕事からはなかなか生まれにくいでしょう。クリエイティブはクリエイター自身が楽しんだり、実現させたいという熱い思いが、もっともエネルギーをもたらすと信じているからです。
さらに、チームの形も変わってきています。昨今ベテランのアートディレクターやコピーライターの上に、次世代のクリエイティブディレクターが立つチーム体制も珍しくありません。そういったときは、当然ベテランが若いリーダーを助けますし、年齢の上下では成り立たないのがクリエイティブの環境でもあるのです。
――フラットな組織運営のために、意識しているポイントはありますか?
かつての統制型の組織の場合、クリエイティブディレクターのほかに、ピープルマネージャーとしてマネージャーを置く、あるいは兼務する必要がありました。普段一緒に仕事をしているのがクリエイティブディレクターで、評価はマネージャーが行うとなると、どうしても評価の正当性や透明性がメンバーからは見えにくくなりがちです。
もちろん、クリエイティブディレクターとマネージャーたちが合議した上で評価を下しているものの、メンバーからすると「1回も一緒に仕事をしたこともない人に評価をされるのか」と感じてしまうものです。
フラットなティール組織では、「個」が自主性を持ってリーダーシップ、オーナーシップを発揮できることが重要であると考えています。そのためにメンバーがより自律的に成長できるようにするため、各自のゴール設定と評価をできるだけ可視化しています。たとえばレビューの際に「あなたのこの働きが売上に貢献しました」「ブランド力の強化にこの仕事が影響しています」というように、何となくではない、明確なフィードバックを心がけています。また、直属のクリエイティブディレクターだけではなく、クライアントであるブランドホルダーからの評価や、ともに仕事をする仲間たちからの360度評価やコメントもエビデンスとして加わります。するとメンバーが自分自身では気づいていなかった強みや、自分ではできていると思っていたが弱かった部分などを自覚し、自己成長に確実につながっていきます。
また、組織内外を問わず、チームをつくることも意識しています。資生堂クリエイティブは少数精鋭を目指していますが、プロジェクトによっては多種多様なプロフェッショナルな人材でチームを構成することもあります。すべてを自前で行うことを前提にせず、外部のエキスパートの力も取り込みながら、その時々に応じた先鋭チームを作ります。阿吽の呼吸のチームも仕事のしやすさはありますが、新しい空気を取り入れて、鮮度の高いクリエイティブを創り出すためにもコレクティブは不可欠だと考えています。
かつてはデザイン分野ごとにサイロ化してしまい、領域を横断することができずにいました。「こうしたほうがもっと良くなるのでは?」と感じている人がいても、領域外から意見を出すと門前払いされてしまうこともあった。そうではなく、垣根を超えたひとつのチームとして、誰がアイデアや意見を出しても良い環境を整え、専門知識を持つ人はしっかりサポートする。最終的にジャッジをするのはクリエイティブディレクターですが、序列をつけずにチームとして活動するようにしています。