誰よりも「美」を疑い、考える 資生堂クリエイティブがティール組織に辿り着いたワケ

誰よりも「美」を疑い、考える 資生堂クリエイティブがティール組織に辿り着いたワケ
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2023/09/29 08:00

 今から100年以上前に資生堂意匠部から始まった同社のクリエイティブ部門が、2022年1月に「資生堂クリエイティブ株式会社」として独立。新たなスタートを切りました。代表取締役社長を務めるのは、これまで長きにわたり資生堂のクリエイティブに携わり続けてきた山本尚美さん。そんな山本さんに、資生堂クリエイティブの原動力であるフラットな組織運営や、クリエイティブを取り巻く変化などについて伺いました。

アメリカと中国で気づいた「深い理解」の重要性

――まず、山本さんのご経歴からお聞かせください。

もともと美術系の学校を卒業し、グラフィックデザイナーとして資生堂に入社しました。その後、30年以上にわたり資生堂でクリエイティブに携わっています。入社当初は広告デザインやウィンドウデザインに従事し、新たなクリエイティブ拠点を設立するミッションを受け、30代前半でニューヨークに駐在しました。ニューヨークでは、グローバルな仕事のほか、ローカルで発生する仕事のディレクターを務めました。当時はちょうど「グローバル」という言葉がビジネスシーンで使われ始めたころ。今ほどそこかしこに溢れていたわけではありませんでしたが、世界で活躍する上で英語は不可欠だと感じていたため、英語の習得も自身のミッションと課して6年間を過ごしました。

帰国後は「マキアージュ」の立ち上げに携りました。当時、資生堂としていくつものブランドを保有していた一方、数が多すぎることによる投資の分散が課題になっていました。そうした課題を解消するために、より大きなメガブランドとして立ち上げたひとつがマキアージュでした。

ニューヨークでの経験を通してグローバルな仕事に関わりたいと感じていたことから、経済の自由化が進み盛りあがっていた中国のブランドのクリエイティブ総責任者になりました。今でこそ巨大な市場となった中国ですが、そこに至るまでの非常にエネルギッシュな成長をしていたタイミングで、北京や上海を行き来しながら仕事をできたのは大きな糧になっています。

中国で仕事をしていたころ印象に残ったのは、異なる文化背景を持つ生活者を対象に広告やデザインの仕事をすることの難しさでした。たとえば、中国のデザインや広告では頻繁に赤や金を使ってほしいとオーダーされるのですが、なぜ赤と金にこだわるのかを考えてみると、歴史背景や文化、教育や社会通念などさまざまな要因があることがわかります。そうした異文化に対して誠実に向き合うことの重要性を学びましたね。

中国で意識していた、顕在化していない「生活者の思考や価値観」の分析や研究を通じて、その根底にあるインサイトをもっと知りたいと考えるようになっていきました。また、アメリカや中国で学んだことを経営戦略に取り込むような仕事をしたいと感じていたときに、クリエイティブの仕事から若干離れた、より川上の仕事へ向かうことになります。

資生堂クリエイティブ株式会社 代表取締役社長 山本尚美さん
資生堂クリエイティブ株式会社 代表取締役社長 山本尚美さん

一方、当時から私の中にあったのは、資生堂のクリエイティブ領域をグローバルに適応させる形でパワーアップさせたいという思い。2010年ごろからデジタルの力が増し、企業と生活者のコミュニケーションが大きく変化していった時代でしたし、デザインプロセスも変わりつつある中で、新たなクリエイティブのありかたを創る必要性が生じていたんです。

そんなときに、2020 年に向けて全社の構造改革が始まり会社組織が大きく変わるなかで、資生堂のクリエイティブ組織を会社化する検討も進めました。それまで、広告やデザイン制作、顧客分析を通した戦略立案などは経験していましたが、会社を立ち上げるのは未経験のこと。包括的であり、未来のありかたを模索するこのプロジェクトは、自分としても大きく成長させてもらえたと感じています。

――これまで会社の一部門であった組織ですが、2022年1月に資生堂クリエイティブ株式会社を設立されました。お話を伺っていると「グローバル」が大きなキーワードであるように感じます。

今やグローバルはどこの企業でもキーワードですよね。グローバルに事業を展開することで、当然日本だけでなく世界中がお客さまになりますが、成功するには各地域の文化に対するリスペクトと深い理解が不可欠です。アメリカや中国で仕事をしていた際、キャッチコピーひとつとっても、ただ日本語から翻訳するだけでは生活者に響きませんでした。日本で好まれるものが中国やヨーロッパなどでそのまま受け入れられるはずはなく、市場ごとの最適化がグローバル化においては重要なのです。

異文化に対する理解を深めるには、日本語での思考や発想だけでは限界があります。資生堂のクリエイティブは100年以上の歴史がありますが、やはり日本語がマジョリティでした。組織の多様性を推進する観点からも、本社が英語を公用語にしたこともあり、資生堂クリエイティブでは英語でのコミュニケーションを軸にしました。世界のどこでも使える、多くの人が理解できる共通言語は英語ですから、まず社内カルチャーの中心に据えたいと考えたのです。