広告クリエイティブに必要な「マジック」と「記憶」とは――東畑幸多氏×博報堂 小島翔太氏[レポート]

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2024/03/29 11:00

九州新幹線全線開業「祝!九州」で感じた広告の力

質問:転機となった出来事は?

東畑さんの回答:九州新幹線全線開業「祝!九州」のCMづくり

東畑 九州新幹線の開通は、東日本大震災の翌日2011年3月12日。そのためCMの放映は3日間にとどまったのですが、YouTubeには動画が残っており、「このフィルムはなんだか元気が出る」といった声がたくさん集まっていました。それを聞いたJR九州の方が「東北の皆さんへの応援メッセージを添え、もう一度オンエアするのはどうか」と提案なさって。僕らもできれば日の目を見せたいという気持ちがありぜひそうしたいと思っていたときなのですが、そんなときにクリエイティブディレクター(以下、CD)をつとめていた古川裕也さんが「それはやってはいけない」と言ったんです。この映像に映っているのは九州新幹線の開通を喜んでいる人たちの笑顔であって、東北の人へのエールとして作っているものではないからと。たしかにそうしてしまってはCMの意味がすべて変わりますし、みんなを元気にできるフィルムではなくなってしまっていたと今考えればわかるのですが、当時はいろいろな気持ちからぐちゃぐちゃになってしまっていました。

この古川さんの言葉から、誰よりも広い視点と深い視座をもち、クライアントの良きアクションや良き声と一緒に作っていくのがCDの仕事なのだと学びました。

先日もこのCMがXに投稿されており、7万以上のいいねがついていました。ソーシャルのマーケティングに携わっていると、成果をあげるためにはそのなかでのミームを探して広告の文脈とつなぐことが最短距離だと思いますし、それは非常に大事な戦略で必ずやらなければならないこと。ですがSNSが持っている文脈を超えて残るものを見つけることも大切だと思うんです。広告は消えものではありますが、誰かの記憶に残ることが可能なんだと改めて感じました。

小島 僕は2012年入社なので、東日本大震災があったのは就活をしているとき。まさに広告に憧れていたタイミングだったこともあり、この広告はとても記憶に残っています。広告として作ったものが、その機能を越えて世の中の人たちの大切な記憶になったり文化になったりする。それを体験できたおかげで、そんな広告の力も知ったうえで企画をつくることができます。

ですが、僕よりも若手のクリエイターたちと仕事をしていると、広告にはそのパワーがないのではないかと思わざるを得ない人も多いのではないかと感じる。そこを何とか、「広告は大切な記憶をつくることができるんだ」と伝えていけたらと思っています。

東畑 もちろん、マーケットをつくっていくことに対し、9割は効率化と最適化が進んでいくべきだと思います。ですが1割くらいはオートクチュールな部分を残していきたい。広告にはその両方の機能があることを信じていたいですね。

「記憶」がクリエイティブづくりの道しるべに

質問:これから先、クリエイターとしてどうありたい? 何を大切にしていきたい?

小島さんの回答:自分や、世の中の人たちの人生の思い出を増やしていきたい

小島 「人生は思い出づくりだ」という母のセリフに影響を受けている部分はあるのですが、世の中の人たちの素敵な思い出を増やしていけたらと思っています。人生の中で幸せな感情になるものがたくさんあると良いですし、広告がそんな存在になれたら嬉しい。さらに言えば、そういったクリエイティブを作ってきた日々が僕の人生の思い出になると思うので、そんな仕事に少しでも多く携わっていきたいです。

東畑さんの回答:胸に残る「記憶」をつくる。

東畑 プロダクト開発でもサービスづくりでもすべてに共通しているのは、「自分の記憶に残っているものがヒントになる」ということです。「これすごく素敵」でも「とてもめんどくさいな」でもポジティブであるかどうかは関係なく、心が動いているときのほうが人は覚えている。僕はそれを大事にしていきたいと思っています。

AIをはじめとしたテクノロジーの普及などにより環境が大きく変わっていくなか、自分は何に対して心が動くかを知っておくことは、アイディアを考えるうえでも大きな財産になる。どんな時代であっても、自分の心がどこに揺れるのかを常に意識していたいですね。

小島 打ち合わせでもまずは雑談をしたほうが良いと言われると思うのですが、その解像度を上げると東畑さんがおっしゃったことに通ずると感じました。個々人の「最近おもしろいことあった?」「何に心が震えた?」といった記憶を集めて共有することが、企画づくりにつながっていきますよね。

東畑 誰かの胸に残る記憶を作りたい。そのために、まずは自分の中で大事な記憶を増やしていく。マーケティングという意味だけでなく、これから自分がどうあるべきかを考えるうえでも、大切な視点なのではないでしょうか。