顧客の視点、ユーザーの視点、人間の視点――「作って試す作業」だけのポジションから脱していくために

顧客の視点、ユーザーの視点、人間の視点――「作って試す作業」だけのポジションから脱していくために
  • X
  • Facebook
  • note
  • hatena
  • Pocket

 軽やかに活躍し続け、組織や社会をしなやかに変化させていくために、そしてさらなる高みを目指すために必要な変化とは何でしょうか。本連載では5年目からのデザイナーに向け、その典型的な課題と対応策をコンセントの取締役/サービスデザイナーの大﨑優さんが示していきます。第3回のテーマは「ユーザー視点」です。

「顧客視点だなんてデザイナーに言われなくても、ちゃんと考えています。営業だって、開発だって、誰だってお客さま本意で考えています」

 デザインを経営に取り入れるためのプロジェクトの中で、実際にクライアントの役員から受けた指摘です。顧客の視点で考える。相手の立場で考える。至極当たり前の見かたでしかデザインが捉えられていない現実に、私は焦りを感じました。

「つまり結局のところ、デザイナーは作って試す作業にこそ価値があるのですよね?」

 続く役員からの質問に対して部分的には同意を示しながらも、デザイナーが持っている視点について私は解説を加えていきました。デザイナーとは、顧客視点とユーザー視点の違いをふまえながらも、それらを起点にさまざまな要素を統合的に秩序立てていくものであり、ひいては、そういった属性を超えた「人間」の視点を持って、事業や経営、市場や社会に貢献していくものだと。

 5年目以降のデザイナーであれば、自分たちの着眼点がどこにあるのか、その視点はなぜ重要なのかを言語化しながら周囲を巻き込み、主体的に提案し活動する必要があります。デザイナーが持つ視点はどこがユニークで、どのような意義と責任があるのか。そうして「作って試す作業」だけのポジションから脱していく。今回はそんなお話です。

存在としての、顧客とユーザーの違い

 まず、顧客は「買う人」であり、ユーザーは「使う人」です。事業やサービスによって、その二者が違う人の場合もあれば、同じケースもあります。

 顧客とユーザーが別人である典型は、事業者向けのデジタルサービスです。この場合、たとえば、顧客は情報システム部の決裁者であり、ユーザーは全社員というような構図になります。決裁者はお金を払ってサービスを導入しますが、実際に使用するのは全社員。BtoBの企業ではこのような関係が生じます。

 くわえてBtoBの企業で「顧客」という言葉を使った場合、それは個人ではなく法人を想起させることがあります。そもそも人間を想定していないことも多いのです。

模式図。サービス提供者と顧客とユーザーの関係を示した図。顧客とユーザーが同一人物である場合や、顧客企業の中で顧客とユーザーが別人として存在する場合。さらに顧客企業の外側にユーザーがいる場合などが示されている。
顧客とユーザーが別人であるパターンはさらに細分化できる。真ん中は顧客企業内に顧客担当者とユーザーがいるケースで、業務系のサービスを提供するBtoB事業が該当。右はBtoBtoCのモデル。顧客企業のためにサービスや商品を開発するなど例はいくつも存在する。そのほか、顧客とユーザーが同じでも、フリマサービスのように売り手と買い手でユーザー行動が大きく異なる例など細かく分岐する。

 そういった背景から、「顧客視点で考える」という言葉は、「顧客担当者にとって嬉しい応対をする」という顧客個人への意味から、「顧客企業の経営戦略を考慮してサービスを組み立てる」といった顧客企業に対する意味にまで広がってきます。冒頭の「お客さま本意」はこの範囲にあるものでしょう。

ユーザー視点はデザイナーの責任

 このような顧客にまつわるさまざまな視点は、デザイナーだけでなく全員が考えるべき検討事項となりますが、ここに独自にユーザー視点を注入するのがデザイナーです。顧客(決裁者)に向きがちな視点に対して「使う人」の重要性を提言します。顧客視点だけでは漏れてしまうユーザーの視点を補強し、事業やサービスの強度を高めるのです。

 この場合のユーザー視点とは、「使いやすい」「仕事がはかどる」といった業務上のメリットだけではありません。「自分の仕事が評価される」「かっこよくて気分が上がる」など、ユーザーの本音の心情や、無意識な動機に関わる部分も含まれます。ときには、ビジネスメリット以上に、本音部分のユーザーメリットのほうが実効性を持つこともあるでしょう。

 とくにBtoB事業の場合は、最終的なユーザーへの価値提供は、買い手である顧客とは関係がないため売上にはつながらないと思われるかもしれませんが、それは違います。ユーザーの価値実感は、顧客からの売上にも直結するものです。ユーザーの満足は顧客への評価を高めますし、顧客の仕事を成功に導きます。サービスの魅力や実効性を高めるためにも、ユーザー視点は欠かすことができないものなのです。

 ユーザーを起点に考えること、ユーザーの視点で捉えることは、デザイナーの責任です。事業は多様な視点を交差させ価値を生む運動ですが、そのうちのユーザー視点はデザイナーが担うもの。仮に、決裁者である顧客がユーザー価値を求めていなかったとしても、その配慮がないことの影響を言語化し、適切な判断に導く責任をデザイナーは有しているのです。

 仮に、予算などの制約からユーザー価値が十分に満たされないものとなったとしても、その影響を言語化できていれば、結果と原因を紐づけて振り返ることができる。ユーザー視点での論点形成と課題提示ができていれば、次の機会につなげることが可能です。

模式図。顧客がユーザー価値を重視しない場合と重視する場合とで、デザイナーと顧客とユーザーの関係が変化する様子を示している。顧客がユーザー価値を重視しない場合は、デザイナーが顧客への価値提案に尽力しつつも、ユーザー価値への対応がないため、サービスの実効性が薄れてしまう。一方で、顧客がユーザー価値を重視する場合は、サービス実効性が高まり、顧客自身の成果にも繋がることになる。
顧客がユーザー価値を重視するとユーザーの利用成果が向上しサービス実効性が高まる。それは顧客自身の成果にもつながっていく。

※この続きは、会員の方のみお読みいただけます(登録無料)。