創業者の言葉から生まれた、90周年コミュニケーションコンセプト
――90周年を迎えるにあたって新たなコミュニケーションコンセプト「生きる愉しむウイスキー」を掲げられました。このコンセプトを、90周年のタイミングで策定するに至った背景をお聞かせください。
坂本 90周年を「点」で終わらせるのではなく、10年後の100周年に向かっていく出発点にしたいという思いがありました。そのために、ニッカウヰスキーが将来どのような姿であるべきか、どんな価値をお客さまに提供するべきかを模索していく過程で、NHK朝の連続テレビ小説『マッサン』のモデルにもなった創業者・竹鶴政孝の精神やDNA、思想が、とても重要であることに立ち返っていきました。
24歳で単身スコットランドに渡りウイスキーづくりを学んだ竹鶴は、40歳のときに北海道の辺境の地でニッカウヰスキーを創業します。アルコールに色をつけたようなイミテーションウイスキーが主流だった当時の日本で、品質が良くおいしい、本物のウイスキーづくりに挑みました。
海外でウイスキーづくりのみならず、経営学や飲酒文化も学んだ竹鶴は、従業員に「仕事だけではなく家族団らんの時間も大切にせよ」と伝えていました。また当時ではとても珍しい女子野球やオリンピックの支援といったスポーツ振興にも積極的でした。現在でいうワークライフバランスやダイバーシティといった経営哲学を90年も前に実践していた、先進的な思考の持ち主だったのです。
そんな彼が生前に、「できることなら、英国人がウイスキー相手にじっくり生きるを愉しむように、酔うためではなく愉しむために飲んでほしい」という言葉を残していました。この言葉と出会ったことが、コンセプト策定のポイントになりました。
日本では今、ウイスキーといえば居酒屋でのハイボールがもっとも親しまれています。それ以外では、お酒に詳しい男性がバーで飲んでいるようなイメージにとどまっていますし、飲みかたも画一的。一方、海外では食前・食中・食後酒といった飲酒文化がありますし、ウイスキーにおいてもカクテルにするなど多様な楽しみかたをしています。そんなウイスキーの多様な楽しみを提供できるブランドになっていくべきであり、それがひいてはお客さまの人生を豊かにすることにつながればと思い、「生きるを愉しむウイスキー」というコミュニケーションコンセプトができあがっていきました。
――コミュニケーションコンセプト策定の体制や準備期間はどれくらいでしたか?また、策定の決め手があれば教えて下さい。
坂本 社内で組織変更があり、現在の部署は4月に立ち上げたもので、それ以前はアサヒビールに所属していたチームと代理店のクリエイティブパートナーでプロジェクトを担当していました。実質的に社内で案を練っていたのは私を含めてわずか数人。準備期間は1年くらいでした。
実は、ほかのアイデアがそれほどたくさんあったわけではありません。それぐらい「生きるを愉しむ」という言葉の強さに最初から惹かれました。創業者が残した言葉はとてもパワフルで、ブランディングにおいて重要な役割を果たすと思っています。しかも「生きるを愉しむ」は非常にキャッチーでありながら、さまざまな意味が含まれている言葉でもあるため、すんなりと決まりました。