[後編]なぜその言葉なのか、どう浸透させるのか 富士フイルム新パーパス策定をデザインセンター長が語る

[後編]なぜその言葉なのか、どう浸透させるのか 富士フイルム新パーパス策定をデザインセンター長が語る
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2024/11/11 08:00

 会社として過去最多となる27製品が「iFデザイン賞2024」を受賞。2024年度グッドデザイン賞では37製品が「グッドデザイン賞」を受賞し、企業としての受賞数は全受賞企業のなかでもトップ。かつ最多受賞は6年連続を記録。デザイン賞の記録からもわかるように、近年大きな存在感を示しているのが富士フイルムだ。写真フィルムの会社として知られていた同社だが、現在ではカメラや医療機器、複合機、化粧品など、現在では多岐にわたる製品やソリューションを展開。そんな富士フイルムで、約100名が所属するデザインセンターを率いているのが堀切和久さんだ。後編では、2024年に90周年を迎えた同社が新たに制定した「パーパス」にフォーカス。策定するまでの議論やそのプロセス、言葉に込めたこだわりなどついて話を聞いた。

社名を変えるべき?パーパスは必要? プロジェクト開始の裏側

――2024年に90周年を迎えられたことをきっかけに、新たにパーパスを策定されました。そのプロジェクトが始まった背景からお聞かせください。

僕は2018年に役員になりましたが、その際、デザインセンター長だけでなく「ブランドマネジメント」も役割のひとつでした。富士フイルムそのものが新しくなっており、フィルムも激減しているなか、企業として「フイルム」と名乗るのはどうなのか。そんな議論が経営陣の間で交わされていたなか、社名変更の可能性まで含めて考えてみてほしいと言われたことがスタートです。

「フイルム」を社名からとって「富士」のみにしても、そういった社名の企業はほかにある。化粧品もカメラも医療機器もあることを言葉では語れないからただのマークにするのはどうか――。いろいろなパターンを考えた結果出したのは、「富士フイルムのままでいく」という答えでした。

フィルムをやっているかどうかに関わらず、富士フイルムの名前自体がすでにひとつのIDになっている、つまりこれは屋号なんだと。だからこれからどんな新しいことに取り組んでいったとしても、「富士フイルムとしてやる」というストーリーが良いのではないかと考えたのです。経営陣には、「遠い将来はわからないですが、今は富士フイルムが良いと思います」と伝えました。

そのうえで次にもらった要望は、「富士フイルムがもつさまざまな事業を統一するようなブランドイメージを考えられないか」というもの。つまり、ブランディングですよね。そこでまず、「海外でも異なる事業でも統一したブランドイメージ」をつくっていくためのルールをガイドラインとしてまとめました。

富士フイルム株式会社 執行役員 デザインセンター長 堀切和久さん
富士フイルム株式会社 執行役員 デザインセンター長 堀切和久さん

そうやってブランドの話をしていくなかで、誰からともなく「パーパス」という言葉がでてきた。そもそも富士フイルムはパーパスをつくるのか、それとも必要ではないのか。そういった根本的な部分をふくめ、パーパスに関する議論が始まったのです。

過去、現在、未来、そのすべてをつなぐパーパスだからこそ選んだ「笑顔」

――具体的に、どのようにプロジェクトを進めていったのですか?

最初に行ったのは、欧米・アジアなど海外の富士フイルムで働くメンバーとプロジェクトチームを組み、各キーパーソンたちの意見を聞くことです。「今の富士フイルムをどう思っていますか?」「パーパスって必要だと思いますか?」といったさまざまな質問をしたことで気づいたのは、カメラはカメラのことだけ、化粧品は化粧品のことだけというように、多くの人たちが自身の事業のことだけを考えているわけではなかったことです。さまざまな事業を展開しているからこそ、それらを結ぶものが必要なのではないか。それが大半の意見でした。

次に、その会話から出てきた意見をまとめてみたところ、大きく3つに分類できました。ひとつめは「変革」です。2000年ごろに社名から「写真」が消え、それまでの写真のアセットを活用した事業を次々に興していきました。そういった時代を経験している人たちは「変革」の会社だと感じていたのです。ふたつめのキーワードは「技術」です。富士フイルムはサイエンスの会社であるため、研究者や技術者が多い。やはりその人たちは自身の領域に誇りを持っているため、大切にしているものとして「技術」と答える人がとても多かったです。そして3つめが「笑顔」。写真をとおしてたくさんのスマイルを作ってきたという意見も数多く寄せられました。

ほぼ同数であったこの3つをもとに再度プロジェクトチームで話し合った結果、まずパーパスのような「つなぐもの」は必要なのではないかという結論に。そのうえでパーパスになり得るものはなにかと考えていきました。「変革」や「技術」は自分たちのことですが、笑顔だけは「相手」に提供するものですよね。そう考えると、つなぐものであるパーパスとして適しているのは「笑顔」ではないかと、満場一致で決まりました。

もちろん、社員はどう感じるのだろうかと不安に思う気持ちもゼロではありません。パーパスというと、今までやってきたことよりも、未来のありたい姿に焦点が当たった言葉であることも多いように感じるのですが、「笑顔」は今までも、今も、ずっとやってきたことであり、この先もやっていくこと。

たとえば部品をおさめたり、ほかの企業と一緒に共創したりするようなBtoBの事業であっても、ビジネスパートナーの「笑顔」のためでもありますし、もちろんカメラやチェキは直接笑顔をつくっている。現在と過去と未来すべてがひとつのワードでつながってきたからこそ、どの分野にも通ずるものであり、我々が大切にしてきたことだと腹落ちしたんです。そうやってパーパスが「地球上の笑顔の回数を増やしていく。」に決まりました。

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