言語化は相手の視点で構造化する
もちろん、それでもデザイン成果物や対象物に対して明言しないわけではありません。しっかりと、かつ念入りに説明は加えていきます。ただその際にも、自分だけの視点で語りきるのではなく、複数の視点から立体的に言語化を重ねていく様子が見てとれました。
まず、言語化の視点で重要なのは「目の前の相手の視点」です。コミュニケーションする相手が目指している成果は何か、何に困っているのかなどを特定し、なるべく相手の感情にも寄り添いながら言葉を選んでいきます。
その際、第一に意識すべき点は、デザインの依頼者は「良いデザイン」を直接的には求めていないという事実です。もっと言うと「デザインなんてどうでも良い」と思っているケースもざらにあります。それは残念な心構えというわけではなく、それはそれで真っ当なこと。相手が欲しいのはデザインではなく、事業や経営としての「成果」です。相手視点で考えることは、事業や経営の成果、つまりビジネス成果を起点にデザインが貢献する部分を言語化するということです。
デザインが貢献するビジネス成果としては、次のようなものがあるでしょう。
売上が上がる。コストが下がる。見込み顧客が増える、顧客が増える、LTV(顧客生涯価値)が向上する。企業や事業の認知の量が増える、質が高まる。従業員エンゲージメントが高まる。採用力が高まる。新しい提案価値を生む。
依頼者が責任を持つビジネス成果の多くは、ここで挙げたものに当てはまります。ただ、これらはあくまで最終的な成果ですので、このような成果に向けたストーリーとして、自分のデザインの意図を組み立てることが重要です。
ですが、「こうデザインすることで、売上が上がります」と伝えては、直接的すぎて違和感があります。そのためストーリーとしては、「このビジュアルデザインは、これまで商品に興味を持っていながらも購入に至らなかった見込み客に向けたものです。購入に至らない理由は◯◯でしたので、その点を解決できるメッセージを強調しています。(それにより、新規の顧客を増やし、売上を上げることができます)」といった形が相応しいものです。
「こうデザインすることで、売上が上がります」では、なぜ売上が上がるのかが見えないので、構造的に整理してストーリーとして言語化する。デザイナーは当然なんらかの意図を持ってデザインするわけですから、その意図を連続的につなげていき、最終的なビジネス成果に帰着させるのです。それをストーリーという形で、言語化を連ねていく形です。基本としてはデザインの意図を「なぜ?」でつないでいったり、因果関係で構造的につなげていったりする。その構造をイメージしながら話していくのです。
もし、構造化が難しいところがあったり、的確に言葉にできないところがあれば、そこはデザインの思考の詰めが甘いところ、またはまったく考えられていない点があるのかもしれません。デザインは理性的な思考だけなく、身体的な行為でもあるので、直感や無意識が入り込むこと自体は問題ではありません。しかし、その内実を言葉にしないと伝わらないのもまた事実。「なぜ自分はそのようなデザインをしたのか」を丁寧に自分の身体に問いかけながら、言葉を探していきます。
言語化が上手なデザイナーは、成果物をつくりながらも、それと同時に頭の中で言語化し、ストーリーとして検証しています。情報を構造化し、曖昧なところや解像度が粗い箇所を点検しています。それをもとにデザイン成果物そのものを見直し、ビジネス成果に帰着するストーリーと、自分の仕事の相関を言葉でイメージしています。その繰り返しのなかで、自分の言葉を獲得していっています。
ただ、そんな芸当はできない、と絶望をしなくても大丈夫です。ストーリー自体がおぼつかなかったとしても、相手の脳内がそれを補って言葉にしてくれることもあります。デザイナーが言語化のゴールをビジネス成果に置いてさえいれば、相手の脳内に合流することができる。相手の発話からこちらの言語が刺激され、ストーリーが見事に開通する。これも立派な言語化の成功であると私は思っています。