視座を上げ下げして、時間軸を変える
言語化において、さらに重要なのは視座の上げ下げです。人間は立場によって認識する世界が異なりますが、それに合わせて言語化する姿勢も必要です。目の前でコミュニケーションする相手の立場に必要な言語と、その相手の上司に当たるような決裁者の言語、さらにその上の経営者が求める言語は異なったものになるからです。
たとえば、コミュニケーションする相手が広報部の担当者だったとします。その場合は当該施策の広報成果につながるような、「そのデザインによってどのくらいの認知・報道につながるのか」といったことにピントを合わせて言語化する必要があります。そして仮に、統括する広報部長に合わせて言語化するならば、「そのデザインによって広報部はどう事業貢献できるか」という内容になるかもしれません。はたまた経営者のレベルに合わせるならば、「そのデザインによって、社会の意識をどう動かしていくか」といったニュアンスに変化していきます。
一般的に、担当者・決裁者・経営者と視座が上がっていくと、課題の抽象度も上がっていきます。個別の広報施策から広報の取り組み全般へ、そして経営の意思表明としての広報活動へと、言語が指し示す範囲は広く抽象的になっていきます。
視座が上がれば上がるほど、多くの人が関与する膨大な施策群を総合したような課題設定になり、自ずと最大公約数的な抽象ワードになっていきます(事業が多角化するような大企業ほどビジョンやパーパスが抽象的になるのはそのためです)。相手の見ている風景に合わせて、デザイナーも言語を使い分けていくと効果的です。
視座を変化させると、イメージする時間軸も変わっていきます。担当者レベルでは施策ごとの時間軸で話すことにより一定の理解を保てますが、決裁者レベルになると1年から3年、経営者レベルだとそれ以上の時間軸になるでしょう。企業の資金繰りなどの状況でも変わりますが、経営者は5年から10年ほどの時間軸で構想していることも多いものです。
デザイナーとしては、数ヵ月の施策の軸、1年の組織行動の軸、3年ほどの中期経営計画の軸、それ以上の長期構想の軸といった4段階ほどの時間軸を意識し、使い分けながら言語化できるようになると良いでしょう。
画竜点睛を欠くことなかれ
このように相手の視点に立ち、視座を変え、時間軸を柔軟に取り混ぜながら、多視点に情報を組み合わせ、その場で立体的に言語を形づくっていく。いろいろな角度からみた情報を集約させて立像させる。さながら立体彫刻のような作業になるわけですが、最後に重要なのはデザイナーである自分の意志の言語化です。
デザイナーはビジネス成果に立脚した言語化を基礎として置くべきですが、一方でデザイナーは利益創出のためのビジネスロボットでもありません。市場からの利益をひとつの手段としながらも、実態は社会に価値を構想する、独立した主体であるはずです。
言語化の最後のトドメの一撃は自分の視点の、自分の意志です。ビジネス成果をベースにした言語だけの状態は、目入れされていない仏像のようなもの。意志なき情報の塊。最後の決定的な仕上げがなされていません。
経営や組織運動は、1人ひとりの意志の総体です。自分の意志を告げる権利もあれば義務もあります。ビジネス成果を基礎として組み立てたら、その後はビジネス言語にこだわらなくてもいい。感情の言葉でもいい。生活する人間の言葉でもいい。等身大の言語化を添えて、それから話を終わらせるべきです。
「このビジュアルの説明は以上ですが、個人的にはこの商品のこの部分が大好きなんです。その部分がたくさんの人に伝われば嬉しいと思っています」という、素朴な一瞬を挟むのでも良いのです。
言語化の速度と解像度
「感情の言葉」と言いましたが、デザイナーだからこそ、言語化の感情面にも十分に目を向けたいところです。
言語化はその速度によっても性質が変わります。速度というのは物理的なスピードのこと。話す速さです。
一般的には、流暢に機敏に話す方が優秀なデザイナーであると思われがちです。限られた数秒のなかに多くの情報を盛り込める。情報が濃密になり、会話の往復が増え、議論の生産性が増す。論点が増え、充実した結論に至る。たしかに優秀です。他方で会話が速すぎてしまうと、その場で自分の内面を掘り出していく解像度が粗くなり、情報の深みがなくなることも事実です。
たとえば、「顧客からの好意度が上がるデザイン」という言葉になるところを、もっと時間をかけて自分の内面から出てくる言葉を連ねると「お客様からそっと心を寄せてくれるようなデザイン」といったキメの細かい言語化になるかもしれません。
「好意度」の粒度を細かくすると、「大好き」「好き」「ひいきにする」「思いをかける」など、さまざまな表現にわけられます。デザインの真意がどこにあるのか、デザイナーが適切に言葉を選ぶためには、速度をコントロールすることもポイントです。
ビジネス成果をベースに置いた対話をしていると、どうしても会話が速くなっていく。そのなかでもデザイナーは、自分の身体に反響させながら、高精細な言葉をアウトプットするわずかな一瞬を確保する必要があります。会話内の違和感をつかまえて言語化するにも不可欠です。ただ、ビジネスの現場では、遅すぎる発話もまた問題ですので、状況に応じて緩急をつけた言語化を心がけたいところです。
使う言葉によって思考が変わる。思考が変わればデザインも変わっていく――。そのためには、言語化の速度にも気を配ってみると、さらに有意義でしょう。