大切なのは、見せかけの企画をつくらないこと
福井(博報堂) ちなみにAuBでは、どのように「ファンづくり」に取り組んでいるんですか?
鈴木(AuB) もともと届けたかったアスリートだけでなく、そこに近しい「ビジネス」を頑張っている方に「体のパフォーマンスを向上させるために使ってください」と商品を提供し、ブランドアンバサダーのように活動してもらっています。最近ではアンバサダー同士の意見交換会も始まりました。
広くナーチャリングするという観点では、ストーリーに共感してもらうのはもちろん、扱うジャンルの特性として「信頼」や「安全」が重要。そのため、研究チームの取り組みや世界中の論文内容などを自社メディアで発信しています。
とはいえベンチャー企業が届けられる範囲は、限定的なのも事実です。まずはしっかり近いところから固めていき、そのコミュニティに外部の人を連れてきてもらう仕組みをもっと強化したいと考えています。

福井 ファンづくりにおいて新しい人を連れてくるのは重要ですね。そういう意味では、プロ野球チームの広島東洋カープは好例です。広島市民球場には昔から応援しているファンが多かったのですが、あるときから「カープ女子」が応援に駆け付けるようになりました。ロイヤルカスタマーとの間でハレーションが起きそうなものですが、結果的にはむしろ互いに刺激しあっていっそう盛り上がっていた。手厚く奉仕するだけではなく、「新しい層へのアプローチによって外から新しい変化をつくっていくこと」が強いファンを生み出すために本当に大切なのだと改めて実感します。
それともうひとつ重要なのが「シンボルユーザー」をつくること。ブランドはプロダクトと顧客が合わさってこそ誕生するものなので、その核となるユーザーをいかに生み出せるかがポイントです。AuBでいえばビジネスアスリートにあたると思うのですが、ブランドを体現するシンボリックなユーザー層をつくりだすのも不可欠だと思います。

鈴木 シンボルユーザーの話を聞いて、以前ある人に「D2Cとはお風呂だ」と言われたことを思い出しました。浴槽の底に穴が空いていたら、ちょろちょろとお湯を貯めても全部流れてしまう。だから、とにかく蛇口を太くして一気に水量を流し込む必要があると。
福井 そうしてある程度溜まったら新しい人を連れてきて環流を生み出し、ユーザー層を広げていく。おもしろい例えですね。
鈴木 その点、AuBは最初の水が細すぎたかもしれません。ブランドを丁寧につくりこんだがゆえに、それが足かせになってしまっている可能性もあると感じます。先ほど話したように信頼性や安全性も重要なため、ベンチャーながら少し動きが重たい部分があることも否めません。

以前サッカーの日本代表を率いていたオシム監督じゃないですが、今後はもっと「走りながら、考える」ことが必要かもしれません。福井さんが出してくださったトイレを作るアイデアのように、どんどん新しいチャレンジをしないといけませんね。
福井 そのときにとくに大切なことがひとつあります。それは「作るもののクオリティ」です。既存のブランドのファンも、今までブランドに関わりがなかった人も、あらゆる人を圧倒するように作り込むこと。以前、とある高級ブランドが、プロモーションのためアニメを制作したことがありました。これまでのブランドイメージとはまったく異なる手法でしたが、アニメファンでも驚くくらい質の高いコンテンツをつくることによって、既存のファンからも、それ以外の生活者からも「さすがだな」と賛辞が送られていました。ビジョンを体現する大切なメッセージになるものなので、コンテンツに限らず、見せかけの企画をつくってはいけませんよね。
マーケットインにも必要な「プロダクトアウト」の要素
福井(博報堂) 最後にお聞きしたいのですが、スポーツ選手と経営者でファンづくりの方法は異なると感じますか? 違いがあればぜひ聞かせてください。
鈴木(AuB) 現役選手だった最初のころは、あくまで自分の夢をかなえるためにプレーしていて「ファンのためにサッカーをしていない」というスタンスでした。ですがそんななかでも、「ファンに支えられている」と思うことも増えていくわけです。今では、プロサッカー選手は、契約書にサインしたタイミングではなく「ファンに認められた瞬間」にこそ誕生するのだと考えるようになりました。
実はこれって、そのままプロダクトアウトとマーケットインの話だと思うんですよね。最初はAuBも「ファンのためにつくりたい」と思いつつ、自分の作りたいものがベースにありました。それがどんどんファンの求めるものへ向かうようになっていった。この変化に気付くときが、楽しいですよね。
福井 たしかに、いちサッカーファンとしても心当たりがあります。自分の想いに一途で荒削りだった若い選手が、ファンから求められるプレーで期待に応える選手になっていく。どちらの時代のプレーも魅力的ですが、この変化しているプロセス自体が愛せるものです。プロダクトアウトとマーケットインの両方の必要性を時間軸もふまえて捉える。これは大きな気づきになりました。
鈴木 ブランドでも「自分たちがこういう世界を実現したい」という想いがまずあるべきですよね。そしてそこに、たくさんの人が集まってくるようになるのが理想です。
福井 「SNSの時代だから、企業は多様な人に向け間口を広くオープンにしましょう」というほど単純ではないんですよね。やはり企業にもブランドにも人格や意思があるのが当たり前ですし、鈴木さんのような想いのある人が、考え、動かしているのだから当然です。むしろ、それこそが魅力になりますし、現在進行系で変化していくさまもまるごと共有していくことが、ファンに愛され続ける理由やファンが次々生まれていく原動力になっていくのだと思います。
鈴木さん、今日はありがとうございました!
福井健史(株式会社博報堂 CXクリエイティブ局 クリエイティブディレクター)
博報堂入社以来、メディアや手法にとらわれないブランドアクション・コンテンツ開発に従事し、受賞歴に、ACC金賞、ADFEST金賞、Spikes Asia、新聞広告賞大賞、グッドデザイン賞など。近年はコマース領域を起点としたファンづくりを提唱し、近著に『博報堂式 ECから始める、これからのマーケティング』(翔泳社・共著)がある。
鈴木啓太(AuB株式会社 代表取締役)
サッカーどころ静岡県に生まれ育ち、小学校時代は全国準優勝。中学校時代は全国制覇を成し遂げ、高校は東海大翔洋高校へ進学。その後2000年に浦和レッズに加入。2015シーズンで引退するまで浦和レッズにとって欠かせない選手となる。2006年、オシム監督が日本代表監督に就任すると、日本代表にも選出され、初戦でスタメン出場。以後、オシムジャパンでは、唯一全試合先発出場を果たす。現在はサッカーの普及に関わるとともに、腸内細菌の研究をベースに腸ケア商品を開発・販売するAuB株式会社を立ち上げ、「すべての人を、ベストコンディションに。」をミッションとして日々研究をするなど、スポーツビジネス、健康の分野でも幅広く活動。