球体は「これまでの映像とまったく異なるメディア」
――今回の映像制作にあたって、球体広告ならではの難しさもあったのではないかと思います。
そうですね。球体はある意味でとても“映像ごろし”とも言える。現状では、映像を作る人間にとって難しい点がたくさんあるんですよね。
従来の映像にはフレームがあり、その外側の部分を隠すことができます。フレームを活かして、そのなかでバランスをとり、美術的な発想が生まれるのです。しかし球体にはその“枠”がありません。フレームレスな世界で、何に寄り添って制作を進めていくかは、非常に大きな命題でした。
また球体は、360度に映像を映し出すことができますが、空間内の視点から周囲を見渡す形の360度ではないですよね。世界が球体にぎゅっと閉じているイメージでしょうか。それを見たときにまだ人間は、それをどう捉えて良いかわからないと思うんです。
そういった意味で、球体の映像の体験をどのように設計するべきかは未知数だと感じました。これまでの映像と、まったく違うメディアなのではないかと考えています。
――今回の制作を経て、球体の映像体験設計に関する発見はありましたか?
Sphereの球体は、見る人の「WOW」を作りたいからあの形と大きさになっているわけですよね。そのため今回のアドビの広告映像も、そういった体験のひとつとしてリッチな映像を目指しました。
しかし、球体×映像という文脈で相性が良いのは「ミニマムな表現」であることも見えてきました。たとえば投影したときにウケが良いのは、にこちゃんマークの絵文字やバスケットボールといった、みんなが知っている球体がさらに大きくなったようなシンプルな表現。人がすぐに認知できておもしろがることができるのは、そういった体験だったりします。
もちろん、その先で新たな発想にトライすることは重要ですが、今はまだ平面を超えた映像の次に何があるのかを探っている印象ですね。
――実際に制作をしてみて、どのような点に球体だからこそのおもしろさを感じましたか?
映像にはフレームの美学があります。画面の外に「何かがある」という、見る人の想像力を駆り立てることができるわけです。
しかし、球体の映像はそうではないとなったときに、新しい発想が必要になるんですよね。たとえば、僕のディレクションしたVideo Worldの場合、球体のいちばん上から別のものが出現する仕組みにし、「創出する場所」といったイメージを画面上につくりました。フレームで隠せないからこそ、クリエイター自らが「出てくる」「消えていく」場所を設計することになるのです。

フレームがない世界で映像を作るときに必要なこうしたチャレンジは、普段の映像制作ではなかなか経験できません。普段とはまったく異なる作りかたをしなければいけなかったため、今回関わってくれたCG制作のメンバーたちにとっても、ある意味で“妙な”トライだったと思うんですよね。
ですがクリエイターにとってキャンバスが変わることは重要だと思いますし、その大切さをほかのメンバーも改めて痛感したのではないでしょうか。