「デザイン経営」とデザイナーの営業貢献
日本の産業競争力をデザインで強化する──。そのような展望から、経済産業省・特許庁は2018年に『「デザイン経営」宣言』を公開しました。「デザイン経営」とは、企業価値を向上させるためにデザインを重要な資源として位置づけた経営手法のこと。「デザイン経営」の効果として「ブランド力強化」と「イノベーション力の向上」のふたつを掲げています。
日本企業は、それに呼応する形で、洗練された企業コミュニケーションやデジタルプロダクトの開発・運用のために、デザイン組織を体系的に整備する動きも生まれました。ブランド力を高めるためにコミュニケーションデザイナーを、イノベーション力を高めるためにUX/UIデザイナーやサービスデザイナーを採用するようになりました。
「『デザイン経営』宣言」には、デザイナーの「営業」への貢献は描かれていません。産業の国際競争力強化を目的とした意味合いが強く、既存の事業ドメインやブランド表現を「変革」する点にフォーカスしているからだと考えられます。
2018年から7年経った現在、企業のデザイン活用は成熟が進みました。企業変革だけでなく、既存事業の拡大にデザイナーが活躍する場面も増えました。デザイナーがつくり出す営業資料や映像コンテンツといった販促ツールは営業活動に役立っています。それだけでなく、デザイナーの語りやコミュニケーションそのものが商談内でも貢献している実態があります。
従来から、フリーランスやデザイン会社に所属する受託のデザイナーにとって、営業活動の機会はそれなりにあったものでしょう。ただここにきて、事業会社のインハウスデザイナーも、社内の営業担当者と協働しながら、成果を出していく場面も増えてきたように感じます。
ある事業会社の営業担当者は教えてくれました。
「商談への同席は、デザイナー自身にも学びが大きいようです。顧客と対面で話すと、ニーズや背景をクリアに理解できる。課題のパターンもイメージできる。お客さまの不安や焦り、細かい感情にも触れられる。そこで得た気づきを持ち帰って営業コンテンツをデザインできる。いわば商談の場が、顧客を理解しデザインのためのリサーチにもなっている。そう言っていました」
ソリューション営業に必要な「気づき」
ビジネスとは結局のところ、価値を生み出してそれを売る営み。そして、その営みの主軸が営業です。営業は顧客との最前線に位置する。今も昔も事業活動の中心的な存在です。
一言に営業といっても業態によってその動きは千差万別です。売る相手が、企業なのか生活者なのかによっても大きく変わりますし、法人営業でも業界によって活動は変わってきます。流通系のバイヤーを顧客とするメーカー、経営者を顧客とする金融、医師を顧客とする製薬、情報システム部門が顧客になるIT、挙げればきりがありません。デザイン会社では、企業のPR、マーケティングや広告、経営企画、人事部門が顧客になり、それぞれに特徴があります。デザインを提供するというイチ事業の中でも、営業のアクションはわずかに変わってきます。
業界や企業によって営業の動きは多種多様ですが、傾向の差はありつつも、共通したひとつの課題があります。
それは、ソリューション営業への組織的な習熟です。ソリューション営業のスタイルは、単に商品やサービスを売るのではなく、顧客の問題解決に伴走するやりかた。顧客やリード(個人を特定している見込み顧客)とのコミュニケーションの中で、営業から問題を提起し、商品やサービスや取引全体を関係づけた包括的なソリューションを提案する方法です。商品やサービスの販売を基本としつつも、並行して顧客に情報提供を行い、顧客の事業パフォーマンスを高めるような方法もあります。

ソリューション営業が必要な背景には、市場環境の絶え間ない変化があります。DXや人的資本経営といった、企業に変容を迫るイシューは全方位に存在しています。顧客企業はその変容に対して明確な解決策をイメージできていないことも多いもの。背景が複雑すぎて、注目すべき問題を特定できていないことが少なくないのです。それによって、そのギャップを埋めにいく営業活動に高い価値が生じています。デザイナーには「コンサル化」の流れがありますが、同じように営業もコンサル化の渦中にある、と言えばわかりやすいでしょうか。
法人営業では、単なる商品やサービスの販売では利益の拡張性が乏しいものです。その理由は、商品やサービスの陳腐化するスピードが速いこと。それによって価格競争になりやすいこと。くわえて顧客も、インターネットを介して商品やサービスに関する情報収集ができるので、価格想起がしやすく調達をコントロールしやすいことです。その結果、営業担当者は顧客の限られた予算を取りにいく活動になりやすいのです。
しかし、ソリューション営業ならば、企業の問題そのものに触れるため「予算をつくる」発想にもなってきます。利益の拡張性が高く、顧客からの信頼も得られる。取引も長期化しやすい。さらには、提案するなかで自社商品やサービスと、相手企業の課題とのギャップを特定し、市場最適する。つまり陳腐化を打破するヒントも得られます。
一方で、多くの大企業にとってソリューション営業はもはや定番になっています。取引先の営業担当者から提案されることにも慣れています。「何かお困りごとはないですか?」といったお伺い訪問など、接触頻度や関係密度だけに頼るようなスタイルは通用しづらい環境になっています。営業担当者から企画や提案がないことはもちろん、提案の筋が悪いことにも不満を感じるようになっています。顧客は常に「気づき」を欲しているのです。
ある営業担当者は言います。
「商談の際に、多くのデザイナーは上手く話せるかどうかと気後れします。ですが別にデザイナーに流暢なトークを期待しているわけじゃない。ひとつでも良いので顧客に新しい気づきを与えられたらそれで良いんです」
営業プロセスの分業とデザイナーの横断
ソリューション営業の難しさは「契約までの道のりが長く複雑であること」です。大まかには以下のようなプロセスがあります。
- 認知拡大:自社商品やサービスを知ってもらい、興味を持ってもらうこと。
- リードを生む:相手の氏名、連絡先、所属企業、部署、役職、業務課題の情報を受け取り、見込み顧客(リード)との関係を生むこと。
- 継続的な情報提供:商品やサービスへの理解が深まるように情報を継続的に提供すること。
- 商談機会の設定:契約意向が高く自社にとって重要と思われるリードには商談の機会を設定すること。
- 商談と提案:リードの企業が抱える問題を分析し解決策を提案すること。
- 契約締結:契約締結に向けて、リード社内の意思決定を支援すること。
- オンボーディング:商品やサービスの活用や習熟を促し、取引を継続すること。
- 関係維持:失注顧客やリードへ継続的にノウハウを提供し関係を維持する。先方の状況変化やニーズの高まりを捉え、商談機会を再度設定すること。

この流れの難しさは、プロセスごとに必要とされるスキルが異なることにあります。たとえば、商品・サービスの案内から商談のアポイントメントを取り付ける能力と、見込み顧客(リード)と深く対峙し解決策をプランニングする能力はまったく違います。ひとりの営業担当者ですべてのプロセスを実行するのは難しいものです。
難しいだけでなく、そもそも非効率でもあります。第一に、相対的に高いスキルを持つメンバーが、簡易なアクションも横断して受け持つことの非効率。第二に、営業メンバーはどうしても受注確度が高そうな案件を重視してしまい、長期的なリードへの働きかけの優先度を下げてしまうこと。それによって営業活動のところどころで滞りが生まれてしまうことの非効率です。
こういった非効率を解消するために、多くの企業では、営業活動のプロセスを段階的に分けて組織や職能を区分しています。インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセスといった部門です。ここにコンテンツマーケティングを行うマーケティング部門も加わり、営業活動を戦略的に行う体制を築いています。同時にリードや顧客の情報を管理したり、メール配信を自動化したりするシステムを導入し、各部門の連携を円滑化しています。企業によっては、営業部門全体の人材開発や営業ツールの整備に動くセールスイネーブルメント部門もくわえ、全体の成果を高める工夫を重ねています。
それだけでなく、ITや広告系の企業では顧客の業種によって営業組織を細かく分けたり、メーカー企業では、店舗の販促活動を顧客の小売企業と協力して担う部門を設けたりと、事業特性に合わせて営業機能の分業を発展させています。
あるインハウスのコミュニケーションデザイナーは言いました。
「デザイナーが企業内にいて営業を支援することの意義。それはデザイナーが営業活動全体を横断して取り組んでいることだと思います。デザインの依頼は個々の営業部門からきますが、それぞれの依頼の重要度を全体最適の視点から判断できる。あるいは、デザインの視点から営業組織の連携を促すような提案もできる。さらに言うと、営業だけでなく、PRや広告にも範囲を拡大して話ができます。デザイナーはすべての部門と連携しており、情報を持っていますから」