コンテンツマーケティングとデザイン
さて、ここからは営業プロセスの順を追ってデザインとの連携を考えていきます。
最初はコンテンツマーケティング。このフェーズのゴールは、見込み顧客(リード)との関係を生むことです。コンテンツを通じて、相手に自らの課題に思いを巡らせてもらう。商品やサービスが役に立つかどうかを考えてもらう。検討を進め、導入や購買に向けて意思を深めてもらう。その時に役立ちそうな資料をウェブ上に用意し、その入手のためのフォームを設けて、納得した上で相手の情報を入力してもらう。所属企業も名前もわからなかった相手を個人として特定でき、こちらから接触できる「リード」になる瞬間です。
ここでのデザイナーの仕事は、商品やサービスへの理解を深めていくコンテンツをつくることでしょう。ウェブ上で公開する記事やスライド、映像、展示会のブースやそこで配る冊子、セミナースライドです。その際のポイントは、相手のニーズの種類や検討の深まりを段階として把握すること。「リード」未満の心理的状況の解像度を高められているかどうかで、デザインの仕事の質は大きく変わるものです。(個人情報の取得や企業にとって都合の良い行動に導くアプローチは、ともすると相手の不利益にもなりかねません。ユーザー体験としてどうなのか倫理観をもって考え、周囲にフィードバックする行動も不可欠です)
コンテンツマーケティングの初期段階は、相手が粗く情報収集している状況から始まります。市場や業界のトレンドがわかる調査データ、商品やサービスの基本を理解してもらう映像コンテンツが有効でしょう。早く、簡単なコンテンツ。それでいて自社や商品・サービスをさり気なく認知してもらえるようなものが最適です。
経験上、ここでは自社の魅力を強く押しすぎないほうが効果的です。たとえ自社の顧客にならなかったとしも、相手にとって有益ならば良いだろう。喜んで情報提供しよう。こんな割り切りがあるほうがむしろ成功します。自社を強く押し出すとどうしても広告としての印象が強くなり、相手から避けられてしまう。この段階で相手が求めているのは「フラットで客観的な情報」です。
検討が進んでいくと商品やサービス周辺の理解が深まり、競合他社との比較が始まります。具体的な購入や導入もイメージしていきます。価格表や導入ガイド、詳細な導入事例のような踏み込んだ情報が必要になっていくでしょう。
この段階になったら、こちらからアプローチしていきます。アプローチするには相手の連絡先が必要です。相手から連絡先の情報を提供してもらわなければなりません。そのためには、相手が情報を提供することに見合う、価値のあるコンテンツを用意します。フォームに入力してでも欲しい内容と期待値を備えるコンテンツを企画する。相手が「もらって嬉しい情報媒体」として、造形的な完成度も求められます。
デザイナーは、営業メンバーから依頼を受けてコンテンツをデザインすることが多いでしょう。その際には、デザインするツールのゴールは何であるか。誰のどのような理解をどこまで深めるのか。どういった行動をとって欲しいのか。綿密にすり合わせて進めることが重要です。
可能であれば、リード未満の状態がどういったものであるかを理解するために、デザイナーも業界のイベントや自社の展示会に顔を出すようにします。リード未満の状況の人と会話を繰り返すことで、業界や役職ごとに微妙に変化するニーズが皮膚感覚として染み込んでくるはずです。それだけではなく、ビジネスのフィルターを外してひとりの人間としてその思いに接する。人と会い、関わること、観察することで、独自の視点を得ることになる。デザイナーとして重要なのは言うまでもありません。
インサイドセールスとデザイン
相手の連絡先がわかれば、商談の機会を持つように相手に働きかけます。インサイドセールスのフェーズです。
インサイドセールスとは、ホワイトペーパ―のダウンロードやセミナーへの参加で接点が生まれたリードに対して、電話やメールでアプローチするアクションです。もしくは、相手からの問い合わせに対応し商談機会をセットする活動です。
インサイドセールスのゴールは「商談をつくること」ですが、ただつくるだけでなく、その後のフィールドセールスが効果的に進められるような土台固めも求められます。BANT情報と呼ばれる「Budget(予算)」「Authority(決定権)」「Needs(需要)」「Time frame(導入時期)」を可能な範囲で教えてもらうこと。相手の上位者の同席をお願いすること。商談を競合他社よりも早く進めるために商談日程を調整することです。
インサイドセールス部門は商談の量をコントロールし、営業活動の全体量を調整する役割を持ちます。必然的に効率の良さも重要なので、30分といった限られた時間でリードとのコミュニケーションを行うことが多いもの。デザイナーが同席する機会はあまりないと思います。
インサイドセールスはリードとの最初の接点です。良い顧客体験をつくり、できれば自社のことを好きになってもらいたいもの。そのときにデザイナーが作る営業資料は重要な働きを持つことになります。多くのリードは複数の商品・サービスを比較検討しますので、競合に勝る完成度が問われます。
ニーズは日々変化します。サービスも日々成長します。インサイドセールス部門とデザイン部門が定期的にミーティングを開き、営業資料の更新や拡充を日常的に行う企業もあります。
ある企業のデザイン部門のトップは戸惑いを込めて、こう言います。
「デザイナーは自社の事業のことを知らなさすぎます」
事業会社内のデザイナーなのに、営業資料のデザインを依頼されたら、まるで外部のデザイナーのように根掘り葉掘り自社のサービスのことを聞いてしまう。依頼や説明に時間がとられて、出し戻しにも日数を消費する。スピードが速まらない。
デザイナーは自社を知り、顧客を理解し、競合にも視野を広げること。これらを把握した前提で営業担当とコミュニケーションしないと、営業のスピード感にはついていけません。
フィールドセールスとデザイン
続いてはフィールドセールス。商談から契約までのフェーズです。インサイドセールスからバトンを受け取り、顧客に訪問し商談のなかで提案を行います。冒頭に紹介した、デザイナーの商談への同行はこのフェーズにあたるものです。ここでの成果は受注です。
このフェーズでのカギは「顧客にとって価値ある提案ができるかどうか」。そのためには、顧客企業が経営視点で考えているゴールを中期経営計画やメディア記事で押さえる。それを目指す顧客担当者の業務課題とその解決策を考案する。そして、その解決策の効果がどんなものになるのかを想定する。インサイドセールスで得た情報をもとに、前もってイメージしておきます。
ところで、デザイナーが出るべき商談はどんなものでしょうか。これは、その提案において、デザイナーの存在が競合他社との強い差別化になっているか否かで決めるものでしょう。顧客もユーザー視点を重視するようなサービス、顧客社内の合意形成においてプロトタイプをもとにした共創が不可欠なプロジェクト、デザイナーの能力やプレゼンスが発注判断に響くような取引が挙げられます。
デザイナーは「ユーザー視点の正論」を言いがちです。それで良いとしても、その正論が顧客担当者やキーパーソンの「判断」に有効に働くものなのかを考えながら話せると良いでしょう。相手の選定条件は何なのか、相手はどこを重視して決めるのかを想像する。相手の社内における意思決定プロセスやその課題を踏まえながら、意思決定のヒントになりそうな論点を加えるのも大切です。
さらに言うと、その選定条件自体をこちらから変えていく姿勢も必要です。もちろん、我田引水に自社利益だけに結びつけるのではなく、相手が気づいていない視点を刺激することで、相手にとっても良いことがある方向に変えていくのです(これは第7回「『型』から進める企画提案書の書きかた」でふれた、「課題や与件」から「プロジェクト要件」に導く方法がヒントになるでしょう)。
顧客が自社を選ぶ条件、自社にお金を払う理由。そのシビアな生の声にふれることは、デザイナーにとっても非常に重要なことです。
ある企業内のデザイナーは言います。
「顧客が発する言葉。その一次情報は強力です。顧客に会わずにあれこれと分析する二次情報よりも、説得力を持つことがあります。一次情報はときに経営陣も欲するもの。デザイナーが社内で影響力を持ちたいならば一次情報にふれること。顧客に会わないといけません」
カスタマーサクセスとデザイン
受注後のカスタマーサクセスのフェーズです。商品やサービスの導入時から、それらの効果的な活用を促し、顧客企業の成果につなげていく活動です。導入初期のオンボーディングや、活用を強化するトレーニング、顧客企業同士のコミュニティの企画運営が典型的なアクションです。カスタマーサクセス部門が追うのは、契約更新の増加=解約率の低減です。アップセル・クロスセルやブランド価値の向上を目標とするケースもあります。
カスタマーサクセスは、サブスクリプションモデルを採用するSaaS企業には必須の概念ですが、そのほかの業態にも幅広く取り入れられています。少子化が進む国内市場の制約から、新規顧客よりも営業効率の良い既存顧客を重視する流れが広がりましたが、カスタマーサクセスはその流れにも相性が良く、普及が進んでいます。
カスタマーサクセスと呼びますが、いわゆる既存顧客対応として、漫然と顧客の成功に伴走するものではありません。取引実績やサービスの活用度合いといった顧客の状況に応じて段階を設定し、段階ごとにKPIを設け、戦略的に施策を行います。デザイナーが動く際にも、そのKPIに沿う形で伴走することが不可欠です。
カスタマーサクセスの狭義の意味は、商品やサービスの活用を促し、顧客企業にとってなくてはならない存在にしていく営業活動のこと。しかし、広義には顧客の業績を向上させ、取引をWin-Winな状態へと長期で拡大させていくような、企業の姿勢そのものとも言えるものです。
顧客にとっての価値は、商品・サービスの範囲だけにとどまりません。商談やカスタマーサクセスのアクションも含めた体験全体にあります。デザイナーがそこに関与する場合でも、自分自身が顧客にとっての価値そのものであることを忘れてはいけません。常に気づきや感動を与える姿勢を持つことです。