すべてのクリエイターが存分にその創造性を発揮できる社会の実現に向け、アイディアや示唆を提供する本連載。初回ではクリエイターの働きかたが変わってきたことをお話ししましたが、今回は「顧客中心のコンテンツとは何か」というシンプルな問いを紐解いていくつもりです。
そもそも顧客体験を届けるとはどういうことか
顧客体験を届けることが大切と言われても、その言葉がしっくりと腹落ちしている方は意外にも少ないのではないでしょうか。アドビでは良質な顧客体験を構成する要素を「4R」で説明しています。それが「正しいコンテンツを、正しい人に、正しいタイミングで、正しいチャネルで提供する」です。次の図をご覧ください。
実は、コンテンツを除くほかの3つの要素は、データがなければ正しく導き出すことができないものです。別の言いかたをすると、最高の顧客体験は常に最高のコンテンツから始まる。つまりデータは、コンテンツから生まれるという考えかたなんです。というのも、コンテンツを起点にお客さまの心が動き、その結果としてお客さまが行動する。そのタイミングでなければ、意味のあるデータは生まれないからです。
たとえばある会社のウェブサイトにひとりのお客さまが訪問したとしましょう。仮にそのお客さまの滞在時間が長かったとしても、その事実だけで良いウェブサイトと評価することはできません。なぜならば、必要な情報にすぐに到達できず、あちこちをクリックした結果、滞在時間が長くなった可能性もあるからです。もちろん行動データを分析して実際にそのお客さまが迷ったことまでは判明しても、そのお客さまを理解することはできません。
最高の顧客体験の提供で最高のコンテンツが不可欠だとすると、起点になるのはデザイン(広義での設計)です。ご存知の方も多いと思いますが、デザイン思考のプロセスは「共感」から始まります。お客さまに共感し、問題を定義し、創造する。このプロセスを無視し、プランもなく作ったコンテンツにお客さまが反応したとしても、それ以上の行動を促すことは難しいでしょう。データが先かコンテンツが先かではなく、デザインから始まり、コンテンツを起点にお客さまの心を動かして初めて、企業にとって傾聴するべき意味のあるデータが生まれるのです。
企業側が顧客体験の提供に熱心になる理由
過去10年を振り返ると、アメリカの金融サービス会社がデザインファームを買収したり、世界的なコンサルティング会社がデザイン部門を設置したりと、これまで保守的だった業界にも変化が訪れています。これに対して、広告代理店がシステム部門やコンサルティング部門を強化する動きもあります。両者が見ている方向は同じで、クライアントの顧客体験価値を支援するビジネスを伸ばそうとしているのだと思います。
そして、クリエイターと企業のマーケターのコラボレーションを可能にしているのがデータであることも、無視できない事実です。以前は街頭アンケートのような手段もとられていましたが、今はそういった仕掛けに頼らなくても、デジタルでお客さまを知るためのデータを得ることができます。
ただし、クリエイターが注意しなくてはならないのは、データを持っているのが企業であることです。今や企業にとってデータは最重要資産と認識されています。セキュリティの問題もあり、企業のデータ資産に社外のクリエイターがアクセスすることは年々難しくなっています。
とはいえ、企業もデータをうまく使えずに持て余している面もあります。とくに日本企業の場合、データ活用の素養がある人が少ないこともあり、難儀をしている場面を何度も見てきました。企業も自分の会社のビジネスと大切なお客さまのことを外部に丸投げできず、パートナーと地に足を付けて一緒にやっていこうとしています。見方を変えると、クリエイターにとっては飛躍の機会が訪れているわけです。
このようなクリエイターを取り巻く環境の背景には、企業のビジネスが顧客とのエンゲージメントを高める方向に転換していることがあります。それは、商品を買ってもらって終わりではなく、ファンになってもらうという方向です。その会社が出している製品やサービスを「すごくいいよ」とほかの人に勧めてくれるファンを増やす活動にシフトしているからなんですね。そのためクリエイターも、顧客を中心に据えた体験提供の重要性を理解する必要があります。