イラストレーターとの間に生まれる「ズレ」をおもしろがる関わりかたとは

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特徴的な3つのズレ

 私は、イラストを大きくふたつのスキルに分解して理解しています。ひとつめは、イラストに“意図”を生み出すスキル。つまり、これから何を描こうか、どんな絵にしようかと構成を考え、構想を得るスキルです。そしてふたつめは、構想を具現化し第三者に伝わるようにするスキル。これはペンを握り、頭の中にしかなかったものを、線や面を描いて見える形にし、誰かとコミュニケーションを取れるように整えるスキルです。

 絵画ではひとりの人間が研鑽を積んで、このふたつのスキルを獲得することがほとんどだと思います。もちろんイラストレーターの皆さんも、基本姿勢として双方を会得できるよう努力されているかと思います。しかし、ここにビジネスの効率性が加わってくると、ふたつのスキルを複数人で役割分担したほうが早く仕上がり、クオリティーも上がる場合が多く発生します。

 これがまさに、欲しいイラストを構想する側と、それを実現する側にわかれて仕事をする、ディレクターとイラストレーターの関係性です。私たちrala designもこのやりかたで取り組んでおり、デザイナーである私が構成を考え、イラストレーターが具現化しています。

 このように分担した場合には、1対多での協働も可能になります。ディレクターやデザイナーがチームを組んでイラストの構成を検討し、選任されたひとりのイラストレーターが仕上げる場合もあります。逆に、ひとりのデザイナーがとあるキャラクターを複数のイラストレーターに指示し、同時並行してイラストを制作する場合もあります。

 このように、構想と具現化を役割分担するとできることが増える一方、難点も生まれてしまいます。それが先ほど触れた「ズレ」です。ひとりでまかなわれていたスキルをふたりで分担するのですから、当然さまざまなズレが目に付くようになっていきます。ひとたびズレが発生すれば、やはりフラストレーションや戸惑いも生まれ、がっかりしたり、イライラしたりする時もあるものです。

 ここでは、特徴的なズレを3つご紹介します。

1.生まれや育ち、年齢差などの違いが生み出す常識のズレ

実際に、rala designで日常的に発生していたズレをご紹介します。お互い違う人生を歩んできたので、自分の当たり前が通じないことは日常茶飯事です。たとえば「お祭りの魚のイラスト」と伝えたら、相手が東京・目黒で行われる「さんま祭り」を思い浮かべて秋刀魚のイラストが出来上がってくるときもあるでしょう。いくら私が「お祭りごとには鯛だろうな」と思っていたとしても、育った地域や思い出が違えば出てくる答えは違います。そんな時は答えの理由を聞いてみると、自分の知らなかった常識を知ることができ、引き出しが増えたような気分になります。

2.クライアント像の受け取りかたによるトーン&マナーのズレ

イラストレーターは、直接クライアントと接する場合もあれば、ディレクターやデザイナーを通してクライアント情報を得る場合もあります。どちらのケースでも、イラストレーターの頭の中にクライアント像が作り上げられますから、「こっちのテイストのほうが喜ばれるはず」「こうしたほうがそのお客さまには適しているはず」など、クライアント目線を想定した意見が出ることも。お互いにクライアントを思って意見しているのですが、それぞれの正義感や認識の自負が生まれたり、意見がぶつかってしまう場合もあります。そのまま制作が進むと、当然アウトプットにも影響し、トーン&マナーのズレとして現れてきます。

クオリティーの問題であればお互い歩み寄りは早いのですが、トンマナの問題は判断すべき対象が外部にあるため、なかなか最適解が見いだせず、不安が続いてしまうことも多いのです。

3.お互いのコミュニケーション・スキルによるズレ

もう少しシンプルなズレとして、口調、態度、言い回し、語彙力といったコミュニケーションスキルによるものもあります。このズレによって、上司の能力を憂いたり、人間関係に悩んだ経験をなさっている読者の方もいるかもしれませんね。ただ、この問題は本人が気づかないまま進むことも多いので、アウトプットにズレを見つけても「なぜこんなズレが生まれてしまったんだろう」と原因を見つけられないこともしばしば。単純なズレほど根深く対処が難しいので、気が重くなってしまいますね。

 ですが私は、頻繁に発生するこういったズレを次第におもしろがるようになりました。誰しも完璧ではない、私も相手も未熟なコミュニケーション・スキルなのだ、なんて視点を持ってみたらおもしろくなっていったのです。

 一生懸命説明しているデザイナーがズレているのに対し、イラストレーターも意図とは違った文脈で受け取っている。第三者の視点でみれば、滑稽で喜劇のようなシーンではないでしょうか。この状態でありながら、アウトプットしたものがクライアントに喜んでもらえれば、それも幸せの形のひとつになるでしょう。そしてそうだとしたら、どんなズレが発生しても、それに気づいたときに「クライアントに喜んでもらえるアウトプットになっているか」という判断基準で対処すれば良いことになります。下手にズレをなくそうとするよりも、成果を生み出せるのかもしれません。

ズレを解消することのジレンマ

 特徴的な3つのズレを見てきましたが、どのズレも解消できるならばそうしたいとは思っています。ズレがなければ、さらにクオリティーの高い成果を生み出せるのではないかとも想像してしまうからです。

 ただ、どうしても気になるのは「ズレから生まれたハッとさせられるおもしろさ」に出会えなくなってしまうのではないか、という寂しさです。ズレは、ちょっとした勘違いや思い違いから生まれ、そのままアウトプットにも影響を及ぼし、当初の計画とは違った「新しいおもしろさ」を連れてくることもあることは皆さんも経験があるのではないでしょうか。「当初の案はきれいにまとまっているイラストだったけれど、ズレから生み出されたひと癖を加えると、個性が引き立ってデザイン全体の強さが増す」なんてことが、あると思うのです。

 これは、クライアントや構成を考えてイラストレーターに伝える側は想像していなかった、偶然に生まれた価値です。そしてなぜだかその偶然には、妖しい魅力を持っている場合が多いのです。「依頼したことや伝えたこととは違うけど、こっちのほうがおもしろいな」という発見です。

 予定調和で制作が進んでいた中に突如うまれた魅惑のズレ。あとはそれを、素直に受け入れられるかどうかです。そして、その時には「どちらがクライアントに喜んでもらえるか」という判断基準が役に立つと考えています。

 そもそも、こういったズレが生まれたのは、お互いが良いアウトプットになるようにと進めてきた、構成の案出しや構想の具現化の結果です。そのため、その時点である程度のクオリティーは担保されています。だからこそ、偶然に生まれた価値を積極的に採用するメリットは大きいと私は感じています。もちろん、どの作業段階においても「クライアントに喜んでもらえるか」という点は重要ですので、単に、偶然生まれたものに飛びつくわけにはいかず、一度冷静になって考える必要があるのです。

 そして、ズレが見つかった時にとるアクションにも注意が必要です。イラストレーターが作画を提出した時点では「これは要望を満たすイラストだ」「よしできた!」と思って本人は提出しています。その瞬間までは、お互いどちらも計画どおりに進行していたからです。提出された作画をお互いの真ん中に置いて講評するときに、初めてお互いにズレがあったことが判明します。ズレてしまったのは、伝えかたが良くなかったのかもしれませんし、受け取りかたが良くなかったのかもしれません。ですから、イラストレーターから提出された作画がズレているからといって、ディレクターやデザイナーが上から目線で「イラストレーターがミスリードした」などと決めつけるのはトラブルのもとだと思います。まずは、ズレが生まれていることを正直に話し、それを笑い、いま目の前にある作画に“偶然の価値”が含まれているのかどうかを冷静に見極めることが先決なのではないでしょうか。