プロクリエイターならではの生成AIの使いかた
生成AIとの向き合い方で参考になるのが、前回の連載で対談をお願いしたAdobe Community Evangelistの境祐司さんの取り組みです。通常、映画はチームを組んで作るものですが、彼はMidjourneyを使ってシーンごとに絵コンテを作り、Runwayを使って映像化しています。とても先進的ですが、どのようなツールを使っているかが今回の論点ではありません。この取り組みで印象的なのは、「生成AIも二極化が進み、コンシューマー向けはより簡単に、プロクリエイターの領域は高度化される。プロンプトの構造化はその兆候」という考察です。シンプルなHTMLを使って誰が作成しても差がなかったウェブの黎明期から、CSSやJavaScriptが実装され、ウェブがより構造化することでコンシューマーとプロの二極化が進んだことと同様だと言えるでしょう。
その考察を裏づけるように、プロンプトエンジニアリングは急速に高度化が進行しています。一般の人が生成AIツールを使って画像を作る場合、自分が思い描くイメージを言語化し、プロンプトに入力しなくてはなりません。やりたいことが具体的であるほど、プロンプトに入力する文字列は長くなります。
ところが、境さんのやりかたはまったく異なります。プロンプトに複数のURLを入力し、自身で制作したキャラクター、アングル、服装、場所などのアセットを呼び出し、生成AIに画像を作らせているのです。こうすることでプロンプトへの指示を短くし、構成要素を論理的に整理できるわけです。しかも、参照しているのは外部のデータではなく、クリエイター自身がこれまでの活動で確立した独自のスタイルにもとづくアセット。何もかも言葉で説明しなくてもこれができるのは、自身のアセットを管理しているからにほかなりません。
境さんの取り組みが示唆するのは、自分のコンテンツアセットを持つことの強みです。近い将来、皆さんの中からこれまでの成果物を学習させ、自分だけのモデルを持つ人たちが登場したらどう変わるのか。実は、アドビは過去にこうしたコンセプトのアプリ「Photoshop Camera」をリリースしています。
これは、レンズを取り替えるだけで、誰でもクリエイターのようなテイストの写真を撮ることができるアプリです。レンズには、クリエイターによるコンテンツアセットとAdobe Senseiと呼ぶAI技術を使った画像編集の仕掛けが組み込まれており、ユーザーは気に入ったクリエイターのレンズを購入してコレクションすることが可能です。
また現在の生成AI技術を活用すれば、さらに革新的な表現が自動化できることでしょう。1人ひとりのクリエイターが、さらには各企業がオリジナルの生成AIモデルを所有し、成長させながらコンテンツ制作へと活用する。自分のモデルを取引先の企業が運用している基盤モデルに接続するだけで、企画意図と自分のスタイルを両立させたクリエイティブをその場で作って見せることもできる。オリジナルのモデルを使う分、正当に報酬を得る権利も明確です。AIがコンテンツを作ってくれるならば、クリエイターは不要になる――。そんな主張とは異なる展開が見えてきます。
クリエイターの「創る力」そのものを複製、増幅して、ネットワーク上の至るところで自分のモデルが活躍する世界。生成AIを活版印刷の発明となぞらえてクリエイター市場の拡大を示唆したのは、生成AIをアンプリファイヤー(増幅装置)として見立てた、こうしたビジョンによるものです。