[レポ]Figma CPOが自身の体験をもとに語った、魔法のような製品を生み出すために必要なふたつのこと

[レポ]Figma CPOが自身の体験をもとに語った、魔法のような製品を生み出すために必要なふたつのこと
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2023/11/17 08:00

 Figma Japanは、企業のCDOやCXO、デザイン部門のトップを招いたラウンドテーブルを開催。本記事では、サンフランシスコより来日したFigma CPO 山下祐樹さんによる「魔法のような製品をいかにして生み出すか」と題したプレゼンテーションと、後半で行われたファイアサイドチャットより、Figma Japanカントリーマネージャー 川延浩彰さんとの対話を中心にお届けする。

魔法のような体験提供のために最初に行った「OKRの廃止」

 マイクロソフト、YouTube、Uberなどを経て、4年前にFigmaにジョインした山下さんは、それらの共通点を「素晴らしいデザインカルチャーがあること」と語り、セッションをスタート。そしてそれは具体的に「企業にとってさまざまなビジネスのプライオリティがあるなか、あえて超一流のユーザー体験にこだわって投資してくれる点」だと表現した。

 英語圏ではこのような体験を「magical experience」、つまり「魔法のような体験」と呼んでいると言う。しかし、どの会社も素晴らしい体験を届けたいと口にするものの、実際にはそのような環境が整っていないのが現実だと山下さんは指摘する。

 「現場では次のような決まり文句に出くわします。『それってKPIに影響するの?』『次のリリースでいいんじゃない?』『あとから改善していけばいいよ』『それは優先度を『低』に下げましょう』。こういった言葉が出てくるのは理解できますが、これらは満点を取りにいくよりも、合格点でOKと考えているような言葉に聞こえます。これでは魔法の体験を作ることはできません。

魔法のような体験は、理屈からは生まれないのです。人々を驚かせるような魔法をかけるには、いつもどおりの考えかたや成功体験を忘れ、新しい道を探る努力が必要だと思います」

 ただし、これには相当なエネルギーや想像力が必要になることは容易に想像できるだろう。そんななか、魔法のような体験や製品をつくるために、どうやって理屈を超えていけば良いのか。山下さんはそのヒントやコツを、自身の経験から解説した。

 まず山下さんが触れたのは、OKR(Objectives and Key Results=目標と主要な結果)のありかたについてだ。製品開発でOKRを掲げるのは「とても重要なこと」としながらも、「魔法のような体験への投資に納得してもらうためには、どのようなOKRがふさわしいのでしょうか」と疑問を投げかけた。

「ロジカルに考えると、素晴らしい体験の構築によりユーザーを満足させることができればさらに製品を使ってもらうことができ、ユーザーと良い関係を保てるはずです。その結果として、利用回数の増加など、重要なビジネス指標の成長につながっていきます。もちろんこの考えかたには何の問題もありませんが、これをOKRに置き換えようとするとふたつの選択肢に集約されてしまいます」

 そのひとつが、ユーザーの満足度にOKRを設定することだ。たとえばNPSで主要な機能の使用率を参照し、顧客満足度を測定したとする。このような指標を用いるとき、周りからこんなネガティブな声が聞こえてくるかもしれない。

「NPSはこれを測る最良の指標ですか?」「重要でない指標にもとづいているのはなぜですか?」

 こういった、ユーザーの満足度に関するOKRとは正反対のアプローチでありふたつめの選択肢となるのが「誰もが納得するビジネス指標をOKRにすること」だと山下さん。しかしそれが「OKRのワナ」だと指摘する。

「このような目標を掲げた場合、短期的に結果がでやすいプロジェクトを優先して取り組むことになりがちです。そのため、魔法のようなユーザー体験の構築は後回しになってしまうのです」

Figma CPO 山下祐樹さん
Figma CPO 山下祐樹さん

 実際に山下さんがFigmaに着任したとき、「デザインシステムコンポーネントを挿入するユーザーの割合を増やす」といったOKRを目にした。

「チームはシンプルにカスタマーフィードバックに沿って開発を進めていたのですが、OKRにもとづこうとすると指標が中途半端なものになってしまいます。このOKRも一見正しく思えますが、チーム全員が積極的に考え、毎日の行動の源泉となっている指標ではありませんでした」

 これではチームの方向性や哲学を確認することはできない。そう考えた山下さんは、物議をかもすことも承知のうえで「OKRの廃止」に踏み切った。それに代わり、自分のチームが達成したいことを、チームで共有できるような形かつヘッドラインにして書くよう指示。チームの方向性や哲学などを議論しやすくすることが目的だ。

「ヘッドラインを精密に計測することはできませんが、おおよその評定で判断すれば良いのです。OKRを重視している人にとっては納得しづらいかもしれませんが、スタートアップのようなスピードが求められる環境では、このような目標のほうがダイレクトでわかりやすいんです」

「測定できないものは優先しない」は間違い

 ここで山下さんは、NotionやRobinhood、X(旧Twitter)で働いた経験をもつ友人のMadhu とのエピソードを紹介。統計学を専攻している彼は、素晴らしい体験を築くことが理にかなっていることをどのように理系の人に伝えるべきかを教えてくれたと言う。

「企業とその製品利用を伸ばすための重要な指標のひとつとして、製品のユーザーがほかの人にその利用を勧めることが挙げられます。しかし、製品が人々の話題にのぼるためのもっとも確実な方法は、素晴らしい体験を提供することだとMadhuは信じています。世界と共有したくなるような魔法の瞬間を届けるのです」

 そんなMadhuが働いていたRobinhoodで重視されていたのは「いかにスクリーンショットがSNSでシェアされるか」だ。ユーザーに魔法のような体験について話してもらい、それが周りにも広まって成長していく。これが、実際の製品戦略だった。もちろん、このやり方がすべての製品に当てはまるわけではない。成長するために、他社よりも安く製品を提供するといった手段を選ぶこともあるだろう。たださまざまな方法のなかで、「素晴らしい体験の構築も選択肢のひとつとして検討すべき」であり、「問題はそれを測定できないこと」なのだ。

 そこで彼が大切にしていたのが、Love(愛)、Utility(実用性)、Value(価値)の頭文字をとった「LUV」と呼ぶ枠組みである。製品を好き(Love)になればそれを頻繁に使うようになり(Utility)、そうすれば対価を払う(Value)というシンプルなロジックだ。

 この3つの軸のうち、UtilityとValueは、週単位のアクティブな使用率、あるいはエンゲージメント指標、レベニューなどで計測できることは明らかだ。しかしLoveに限っては明らかに同じ精度で測ることができるものではない。

「そのためMadhuはアプリストアのレビューやスクリーンショットの共有などを利用し、Loveを大まかに測定。そこから『彼らが満足しているなら何に満足しているのか、不満であれば何が気に入らないのか』を把握していました。もちろんそれをA/Bテストで測定できるレベルまで落とし込むことはできません。ですが、測定できないから優先しない、という考えかたは間違っていると彼は考えていました。私たちはときどき、指標のプレッシャーから解放される必要があるのです」

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