第8回では、COVID-19がまだ終息しない世の中で、どのように変化に対応していくかについて考えた。破壊と創造を繰り返すアーティストのように、クリエイターやビジネスパーソンも個人として生き残るためには変わり続けなければならない。第9回では、変化に対応する力をさらに深堀りしていきたい。
変化の時代でも変わらないもの
前回、変われない理由のひとつとして、これまでの経験や成功体験を挙げた。求められる結果がそこには存在し、既存の領域やスキルに注力することは、現場のクリエイターやビジネスパーソンとしては当然かもしれない。
そのため、ニュースで流れる時代の変化は、どうしも他人ごとと捉えてしまいがちだ。両利き経営のように、既存の「深化」と新規の「探索」が必要だとわかってはいても、実践するまでは遠い道のりだ。そして、この遠い道のりに時間をきちんと割くことは難しい。
既存の深化と新規の探索は、別のKPIで捉えなければならない。新規事業が既存のコア収益と同じ基準で評価されたとなれば、新規事業は上手くいかないだろう。事業を成長させる温かい目が、長期的に必要である。
しかし個人で見ると“長期的”にスキルを磨くことがなかなか難しい。昨今は、ネットやアプリ、スクールを通して誰でも気軽に学べるようになり、ある意味で簡単にスキルが身に付くような錯覚に陥ることもあるかもしれない。自分が新しく始めるチャレンジにはすでに先駆者がいることも多く、彼らに追いつくためには、その人よりも努力しなければならないだろう。努力の量と質を満たしても、すべてが上手くいくとは限らない。しかし、成功するまで続けるという強い意志は、変化の時代であろうとなかろうと必須である。
今、世の中で成功しているアーティストは、生まれもった才能だけでなく、その才能をどう世の中に伝えていくのかについて、血の滲む活動をしてきた方ばかりなのではないかと思う。ときには、自分の作品を否定し、破壊と創造を繰り返してきた。そして今日もそれを続けているのだろう。
アート作品のように問題を提起する
「1日10時間、作品に向き合っていない画家は画家とは呼べない」
口癖のようにそうおっしゃっていたのは、フィギュアスケート・宇野昌磨選手の祖父で画家の宇野藤雄氏にだ。前職でご縁があり、自宅のアトリエにお邪魔していろいろとお話をさせていただいたが、制作途中の作品や絵の具、シャガールなど画集がいたるところにあったのが印象に残っている。当時すでに90歳を超えていらっしゃったが、新しい作風にチャレンジされていた。
作品や表現の追求に終わりはない。企業やビジネスも社会の変化とともに変わっていくため、ビジネスモデルの完成に終わりはない。常に新しいチャレンジが必要なのだ。
アート作品も時代とともに、扱うテーマが広くなってきている。聖なる祈りとしての宗教画、ヴィーナスやエロスといった女性の美しさを表現した人物画、自然との調和を表現した風景画などは、昔から扱われてきた。それに加えて、権力や資本主義、ジェンダーやマイノリティ、テクノロジーや不正データなどその時代の背景を映した作品が増えている。
そこにあるのは、未来の具体的な答えではない。未来への問題提起であり、アーティストだけでなく、鑑賞者も含めて考えたいイシューが作品に表現されているのだ。作品の美しさで人を惹きつける場合もあれば、ひとめでは理解できない世界観で人を惹きつける作品もある。いずれにせよ、作品を通して問いを投げかけ、受け手として鑑賞者の変化を促す。
これまで企業は、商品やサービスを通して、問題解決という具体的な答えを世に提示してきた。しかし変化の時代では、その商品やサービスも変わらなければならない。トヨタが自動車ではなく、Woven Cityという街を創造するように、企業も問題提起をし、市場の変動を促さなければならない。アーティストがアート作品によって、問題提起をするように、クリエイターやビジネスパーソンは、ビジネスによって世の中に問題提起をするスキルが今後求められるだろう。