ブランドの世界観が企業の優位性を生み出す――VALM・北原さんと博報堂・小山さんが語る事業デザイン論

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2024/11/06 11:00

事業の優位性をつくるブランディングの第一歩とは

――お話を伺っていると、事業や経営においてブランディングが重要であることを痛感します。なぜこれほどまでに大切なのでしょうか。

北原(VALM) 一般的に消費の中心が「モノ」から「コト」へと移り変わっているなかで、ホテルでも「機能」より「体験」が大切になってきています。つまり、「その場所でしかできない独自の体験」が求められている。ただよっぽど特別な何かがないかぎりは、場所の特性だけでオリジナルな体験を演出することは簡単ではありません。

そこで「ブランドの世界観」によって、独自の体験価値を生み出すことが大切になるのです。「“BOTANICAL POOL CLUBで食べた”あの料理がおいしかった」というように、枕詞にブランドが付くことが最大の価値になる。あらゆる選択肢のなかから選ばれ続ける事業にするために、ブランディングは必須だと思います。

小山(博報堂) ブランドという言葉が家畜の牛を見分けるための焼き印を意味する「Burned」に由来するように、ブランディングの根源は「差別化」です。

企業は自分たちを選んでもらうために、自社が持っているカードでどのように他社と差別化するかを考えなければなりません。そのときに重要になるのが、ブランディングの戦略。どの企業や事業にも必ず特異性があり、それを掘り出すのが僕の仕事です。北原さんは鋭い視点をお持ちなので俯瞰的に見えていると思うのですが、自社ならではのユニークさに気づかないクライアントも多いんです。

北原 今まで自分たちでは気づいていなかった部分が、ブランディングにおける差別化のポイントになるんですね。

小山 たとえば「リブランディング」と「家のリフォーム」はとても似ていると思うんです。僕は建築士が家をリフォームしていくテレビの番組がとても好きでした。台所の動線が悪いけれど、そこで使われているタイルは祖父が大切にしていたものだから活かしたいといった家族の要望に応え、大切なものを残しながらより良い形に仕上げていく。そういった部分が、リブランディングとの共通点だと感じていたからです。

家のリフォームとブランディングに通ずるポイントは、「なにが魅力であるかをおさえ、いかにそれを最大化させるか」。企業でもブランドでも、まずはもともと持っている良さが何かをしっかり理解すること。これが成果につなげるブランディングの第一歩だと考えています。

そのあとに僕らアートディレクターやクリエイティブディレクターに求められるのは「なぜそれが良いのか」や「どうしてそうするのか」を言葉で説明すること。新しいロゴを提案するときに「かっこいからこれにしましょう」と伝えるだけでは当然説得力はないですが、そのロゴにどれくらいの価値があるのかを「言葉」で表現するだけでも足りません。重要なのは、企業にもたらす価値やデザインを理論的に説明できること。相反するように見える「情緒的」な価値、つまり人がワクワクする根源的な部分もふまえてブランディングをしていくことが、大切なのではないでしょうか。

――最後に、VALMとしての展望を教えてください。

北原 2025年から2026年に、関東圏にて新しいホテルを2棟オープンする計画が動いています。それはBOTANICAL POOL CLUB同様、強いコンセプトを持たせた企画です。いずれも、そのエリア上に今ないものを実現できるホテルとして構想しているので、VALMとして第2弾、第3弾となるホテルも楽しみにしていただきたいです。

実は僕は、会社を急成長させたいとは思っていません。BOTANICAL POOL CLUBをほかの場所でも展開してほしいといった依頼もありますが、フランチャイズでは従業員全員が誇りを持ったホテル経営は難しいでしょう。僕らが心から行きたいと思える場所で、素晴らしいと思えるホテルを、年に1軒ぐらいのペースでつくることが理想です。

僕たちの事業のひとつのテーマは、まだ不動産の価値が見出されてない場所でクリエイティブの力を発揮することにより、土地の資産価値を向上させること。そのため、超一等地にホテルをつくろうとも考えていません。不動産のポテンシャルだけでは価値が生み出しづらい場所に、オペレーションとマーケットのブランディング、デザインの力を掛け合わせて新たなバリューをつくる。そのためのソリューションが、僕らにとってのホテルなのです。

――事業デザイン/ブランディングへの思いをお聞かせください。

小山 ブランドや事業デザインを行っていくときに大切なのは「熱量」だと思っています。僕はブランドを好きになるスピードがとても速いのですが、それが加速するのは「ブランド」と「人」が魅力的なとき。もちろんプロとして良い部分を見つける努力は怠りませんが、クライアントさんがものすごい熱量をお持ちだと、僕らも「その思いに応えるために絶対に良い提案をしたい」とモチベートされていきます。だからクライアントと僕らは、ある意味「鏡」でもあると思うんです。

ただ今日お話をしていて、北原さんが行っていることと僕の仕事に共通点があるようにも思いました。BOTANICAL POOL CLUBと同じものを別の場所でつくることは考えていらっしゃらないというお考えと同じように、ブランディングも各社ごとにオートクチュールで考えていく必要がある。まったく同じフレームのブランディングが通用することはありません。だからこそ、そのクライアントごとの強みや魅力を見つけて磨いていくこと。それを改めて大切にしていきたいと実感した取材でした。

――ありがとうございました!